魔人ケラス
「……何だ、あれは?」
今まで遭遇したことのない濃い青色の肌をした人型の異形。
頭には二つの角が生え、全身から禍々しい空気を放っている。
「モンスターなのでしょうか……」
メリルは怯えるような声になっていた。
異様な気配に底知れぬ恐怖を感じたため、彼女の反応は自然なものだと思った。
二人で身構えていると、後方から足音が近づいてきた。
「剣を取って戻ってみれば、厄介なことになっているな」
振り返ると抜き身の長剣を抱えたゼノが立っていた。
「……ゼノ、協力してくれるのですね」
「タラサの人間を自由にすることが私の願いだ。そのために協力してやる」
彼は無愛想のままだが、力を貸してくれるようだ。
ゼノが加わり、三人で敵の出方を窺っていると人型の異形が話し始めた。
「ハハハハッ、愉快愉快」
甲高い笑い声だった。
耳に障る不快な響きをしている。
「あ、頭が……」
「何だ、あの声は……」
ふいにメリルとゼノが頭を抱えた。
「一体、どうしたんだ!?」
「おやっ、魔力に抵抗できる人間がいるとは。これまた愉快なり」
「二人に何かしたのか?」
「吠えるな、大したことではない」
黒目のない切れ長の目と細く開いた口からは表情を読み取ることが難しかった。
しかし、皮肉をこめた笑みを浮かべているように感じた。
――どうする? 賭けになるが、強力な魔術で攻撃を仕掛けるか?
デグラスの肩に乗っていた時、魔術を無力化された記憶が蘇った。
俺しか戦えない状況で魔術が効かなければ、三人の敗北を意味する。
メリルとゼノは頭を抱えたままだった。
「ふっ、戯れに手合わせするのも一興か」
戦意がないように見えた異形から、攻撃の意思を感じた。
――全身を流れるマナに意識を向ける。
こうなれば、魔術で戦うしかない。
俺はマナを両手の先に集中させて正面に突き出した。
「……上手くいってくれ」
目の前に巨大な火の玉が発生すると、そのまま敵に向かって飛んでいく。
焼けつくような熱さを感じるほど、激しい熱風を伴う魔術だった。
火の玉が異形に直撃すると炎が舞い上がった。
すぐには気づかなかったが、今まで発動した魔術で最大出力かもしれない。
「――やったか」
爆風の後に砂埃が舞い上がり、視界が悪くなっていた。
敵の姿がなかなか確認できない。
「ハハハハッ、これは愉快」
同じ位置から不快な高笑いが聞こえてきた。
「くそっ、ダメだったか……」
視界が晴れてくると、そこに立ったままの敵の姿があった。
無傷ではなかったようで、片方の角にヒビが入っている。
「人間よ、もほや次の手はなかろう。ここで貴様を殺すことは容易だが、先の楽しみが減るのは本意ではない。魔物討伐の旅を続けるのならば、また相まみえることもあるだろう」
表情は読み取れないままだが、なぜか嬉しそうにしていることだけは分かった。
「どうかな? まだ奥の手が残っているかもしれない」
「戯言はよせ。同じ攻撃を繰り返せば廃人になる。そこまでしてワタシを止めたいのか?」
余裕と皮肉が入り混じった言葉が癇に障った。
しかし、敵の言う通りだった。
これ以上魔術を連発すれば、マナ焼け程度のダメージでは済まないだろう。
「ワタシは魔人ケラス。精進せよ、そしてまた立ち向かってこい」
ケラスと名乗った異形は悠然と空に向かって浮かんでいく。
そして、そのままどこかに向けて飛んでいった。
その姿が視界から消えると、全身から力が抜けるような感覚がした。
メリルとゼノの様子はもとに戻り、不安げな表情を浮かべていた。
「あれは一体、何だったのでしょう……」
「モンスターを従えているのは魔王という存在だと風の噂で聞いたことがあるが、私が見た限りでは大将とは思えなかった。どちらにせよ、強敵であることは間違いないな」
二人は深刻な様子で、ケラスの飛んでいった方を見ていた。
俺自身は強力な魔術を発動したことで、身体に負担が残るのを感じている。
「メリル、ゼノ……まずは町へ戻ろう」
呆然とした様子の二人にそう促すのが精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます