しつこいエルフとまったりドラゴン

 俺とシモンは帰る気満々だった。

 クラウスも用事が済めばウィリデに戻ろうとするだろう。


 さてそうなると、どうやって帰るかだが。


「困ります。ドラゴンを退治する約束だったじゃないですか」

「うーん、やっぱり、そうなるよね」


 カレンは認めてくれそうになかった。


「何か最初に聞いてたのと違うから、手伝うのは難しいと思いますけど」

「ドラゴンの話を鵜呑みにするんですか?」

「そういうわけじゃないけど、言い分が食い違ったら、どちらか片方を糾弾するわけにもいかないんじゃないかと」


 というか、ドラゴンの話が本当なら、火種を作ったのはエルフ側になる。


「……わかりました。それなら、私はあなたたちを送り返しません」

「ええと、それは困りますね」


 俺とクラウスは魔術を使えるものの、風魔術は使えない。

 馬ですら長旅になりそうなのに、徒歩で帰るのは不可能に近いはずだ。


「――よし、これで完了した。血を採ったところは治癒魔術をかけておいたけど、なるべく触らないように」

「うん、気をつける」


 俺たちが話していると、クラウスの採血が終わったようだ。

 ドラゴンがやけに懐いているのは違和感全開だが。


「カナタ、シモン。私の仕事は済んだ。さあ、帰ろう」

「いや、今はそのことを話してるんですけど」


 シモンが苦笑を浮かべた。

 さすがの彼もクラウスのマイペースっぷりに戸惑っているのかもしれない。


 俺は手短にカレンが送るのを渋っていることを、クラウスに説明した。


「なるほど、それは困ったね」


 目的の生き血が手に入り、彼の表情は明るかった。

 その言葉ほどに困っているようには見えない。


「君たち、困ってるのかい?」


 もはや、敵役としての存在感のなくなったドラゴンが割って入ってきた。


「まあ、そうですね。彼女が渋ってるので、ウィリデやフォンスに戻れないんですよ」

「うわっ、それはまた遠くから来たもんだ。よかったら、わしが送ってあげるよ」


 ドラゴンはそういうと、巨大な翼をはためかせた。

 周囲に風が吹いて砂埃が舞い上がる。


「その手があったか……って、ドラゴンが一緒でウィリデは混乱に陥ったりしませんかね?」

「うーん、どうだろう。私とカナタがいれば大丈夫だと思うけど」


 俺は心配の残る気持ちでドラゴンを見やると、ちょうど目が合った。


「わし、善良なドラゴン。人を襲ったりしない」


 何やらあざといアピールが返ってきた。

 おそらく、俺たちにというよりもクラウスを気に入っているのだろう。

 

「……伝承には、田畑を荒らし民家を破壊し、その他多数の被害をもたらした結果、マクリアを混沌に陥れたと書き記されています。信じてはいけません」


 カレンが最期の抵抗を見せた。

 わざわざ俺たちを探しに来たわけで、譲れないところがあるのだろう。


 俺には彼女が嘘を言っているようにも見えない。

 しかし、マクリアが栄えすぎていることを考えれば、ドラゴンの財宝をかっぱらって豊かになったという方が自然な文脈に思える。


 農産物や水産物はともかく、金銀財宝の出どころは検証の余地がある。

 あと、処女を嫁に出すとかいう人権無視なことができる時点で、何やら残念な気配もするような。

 

 ドラゴンの話を聞くまで、深く考えなかった点を反省した。

 エルフは善人という先入観が邪魔をした気がする。


 カルマンの件でこちらの世界にも危ないやつはいると学んだはずなのに。

 

 結論からいうと、マクリアのエルフたちはウィリデ周辺のエルフほど善良でもなければ、誠実な人柄でもないように思えると気づいた。


 魔術の腕試しをするつもりだったが、そんな気分でもない。

 これはもう、ドラゴンに乗って帰ってしまおうか。


「それじゃあ、俺とクラウスはウィリデまで」

「あっ、おれはフォンスで下ろしてください」

「君たち、背中から落ちないようにしっかり捕まっておくれよ」

 

 俺たちはカレンを放置して、帰る気満々な状態になった。

 彼女は説得の言葉が浮かばないようで、そのまま黙っていた。

 

 

 俺たち三人はドラゴンに乗ってマクリアを出発した。


 日本にいた時、「龍の背に乗って~」みたいな歌があった気がするが、まさか本物のドラゴンの背中に乗れる機会に遭遇できるなんて。


 強い風が打ちつけて、髪が乱れるように揺れる。

 

 カレンの時と同じように速度が出ているので、必死で突起を握りしめている。

 三人とも風魔術が使えないので、うっかり落ちたら即死亡だ。


 行きは深く考えなかったものの、あの時もカレンの操作次第で死んでいたかもと思うと、背筋が寒くなるような心地がした。


 ちなみに、ドラゴン自身が目立ちたくないようで高度を上げていた。 

 曇り気味の天気だったので、通過中に目撃される可能性は低い。


 そんなこんなで、まずはウィリデに着いた。

 さすがに街のど真ん中は目立つので、郊外の山間部に着陸してもらった。


「ありがとう。治療用の血も手に入ったし感謝してるよ」

「そんな、お礼だなんて……ぽっ」


 クラウスは、違う意味でドラゴンを攻略したみたいだ。

 種族を問わないなんて、彼の魅力が恐ろしくなってくる。


「やっぱり、おれもここで下ります。フォンスは頭の固い人間が多いんで、たぶん大騒ぎになると思います。それと街についたら馬を借りたいかと」

「フォンスの英雄の頼みなら、馬の一つや二つどうにかなるはず」


 クラウスがシモンの言葉に応じた。

 

「あのー、わしからも頼みがあるんだけど?」


 ドラゴンが何やら提案を始めた。


「通りがけに見えた鉱山が洞窟もあっていい雰囲気だったから、できればあそこに住みたかったりして」


 クラウスの影響なのか、どんどんフランクになっている気がする。


「それなら、アエス銅山のことですね。廃山になっているから、空いてるといえば空いてますね。ここまで送ってもらったので、担当者に聞いてきてもいいですよ」

「本当! わしマジ歓喜!」


 ドラゴンというのは情緒不安定なのだろうか。

 どうやら、ご機嫌になったようで尻尾を左右に振るった。

 

「――カナタ、クラウス」


 シモンが目配せをした。

 何事かと思った直後、こちらに近づくマナの反応に気づいた。


「……カレンか」


 マナのパターンは人それぞれ特有で、今感じたのはカレンのもので間違いない。


 それから、十秒も経たないうちに彼女が降下してきた。


「私はあきらめません。ドラゴンを討つことを……」

「こっちに戦う気はあんまりないみたいだし、もういいんじゃないですか」

「わし、善良なドラゴン。戦うのは好きじゃない」


 すっかり豹変しやがってと返したかったが、カレンは深刻なトーンだった。 

 茶化すわけにもいかないし、追い返すのも手間がかかりそうだ。


「……必ず、新しい仲間をつれて、誓いを果たします」

「あっ、行っちゃった」


 カレンはそう言い残して遠くの空へと飛んでいった。

 

 引きつれてくるのは勝手だけど、俺たちが巻きこまれそうな予感がすごい。

 どうやら、先が思いやられる展開になっている。

 

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