しつこいエルフは粘着エルフに進化しました
カレンが去ってから、俺とクラウスでアエス銅山の使用許可を取りに行った。
シモンは彼女が再来した時のために、ウィリデに滞在することになった。
出世したというほどではないものの、カルマンとの戦いで活躍したおかげで話が通りやすいのは便利だった。
結論からいえば、アエス銅山は使う予定がないため、ドラゴンの住処にしてもよいという許可が出された。
それから、大臣公認の立ち会い人による確認後、銅山に巨体が収まりそうな横穴が見つかってそこを根城にすることになった。
カレンの捨て台詞を気にかけていたものの、何事もない日々が続いた。
ある日、空いた時間にエルネスを連れてドラゴンの様子を見に行くことにした。
アエス銅山までは使用許可の出ている乗り慣れた馬で向かった。
ちなみにクラウスは魔術医の仕事が多忙で来れそうになかった。
ウィリデの市街地から徒歩では時間がかかるが、今回のように馬が使えると楽に移動することができる。
運転免許を取り立てで車を使い始めた頃の感覚に似ている気がした。
「……愛馬に乗り慣れると歩いて移動するのが面倒になりそうだ」
思わずそんな言葉をこぼすほど、快適さに大きな差があった。
とはいっても、貴重品であることに変わりはないので、日常使いの許可が下りることはないだろう。
人の通ることが少ない、やや荒れ気味の道を抜けて銅山の麓についた。
「いつもなら案内してもらう側ですけど、今回は俺がつれてきます」
「ええ、お願いします。何だか不思議な感じがしますね」
エルネスはドラゴンがいる場所を知らない。
ここから彼を先導する必要がある。
緩やかな坂を上って、少しずつ高い方へと進んでいく。
ところどころ洞窟の入り口が見えているが、馬は暗がりを嫌うみたいで自然と距離をおいて歩いていた。
それから数百メートル進んだところで、俺たちの馬が鳴き声を上げた。
おそらく、ドラゴンが近くにいるのでこれ以上進みたくないという反応だろう。
「エルネス、もう少しでドラゴンのところに着きます」
「やはりそうですか。馬が拒否しているのでしょう」
彼は納得した様子で馬を下りた。
俺もそれに続いた。
「ここから歩いてすぐなので」
「それでは行きましょう」
念のため、俺たちは紐を使って馬が逃げないようにしておいた。
万が一、ドラゴンの気配に怯えて逃げてしまったら面目が立たない。
そこから歩を進めると、少しずつ霧が濃くなるのを感じた。
「今まではこんなことなかったんですけど」
「ミストですね。マナの密度が濃かったり、魔獣がいる場所に発生することがあります」
エルネスから説明があった。
魔獣=明らかにドラゴンだと思うが、初めてなので断定はできない。
視界に注意して進むと、霞んだ視界の向こうにドラゴンのいる横穴が見えた。
遠くからは見分けにくかったが、近づいたところですぐ分かった。
「おーい、元気にしてますか?」
「ごふっ、カナタじゃん。わし、取り込み中だからちょっと待って」
ドラゴンが何かにむせたように聞こえた。
そして、どこからか咀嚼音のようなものが響いている。
……もしや。
「あれ、取りこみ中って食事中なんですか?」
「うん、まあそんな感じ。人様に見せるもんじゃないでしょ」
たしかに真っ当な意見だった。
「……まさか、本物のドラゴンを見ることになるとは」
少し遅れてエルネスが反応を示した。
俺の時と同じように、リアルドラゴンに驚いている様子だ。
「わし、そんなに有名?」
「どうかな、ウィリデの事情は分からないけど」
「ドラゴンは魔獣全集に載っています。僕が本で見たドラゴンはもう少し赤みがかった色をしていたのですが、こちらは錆びた銅に近い色でしょうか」
何を食べているのか気になっていると、ポトリと口の端から残骸が落ちた。
……それは、巨大なコウモリの羽の一部に見えた。
「――そういえば、普段は何を食べてるんですか?」
重要度高めのことなのに、誰も尋ねていなかったという。
完全に盲点だった。
「百年以上眠ったままでも平気だから燃費はいい方だけど、大気中のマナだけでも全然大丈夫。ただ、たまにたんぱく質が取りたくなる感じ」
「オオコウモリがまだ洞窟にいたのですね」
インパクト強めの状況だと思うが、エルネスは落ち着いていた。
以前、退治に来たこともあり、彼はコウモリにも関心があるみたいだ。
「わしが昼寝をしようと思ったところで飛びかかってきたから、返り討ちにしたついでにおやつにした感じ」
「さすがにドラゴンには敵わないでしょうね」
エルネスは感心したようにいった。
とりあえず、ドラゴンとエルネスの相性は悪くないみたいだ。
俺が安心した気持ちで彼らの様子を眺めていると、どこからか強めのマナの反応があった。
「――エルネス、これは」
「尋常ではない速さで近づいていますね」
一つは覚えがある。カレンのものだ。
さらもう一つ、一際強力な反応がある。
不思議とその波長を知っているような気がした。
しかし、誰だったのかはずぐに思い出せなかった。
そうこうするうちに、横穴の近くで反応が止まった。
俺とエルネスはそれを確かめに向かった。
いつの間にかミストが晴れて、視界はクリアになっていた。
前方には、カレンと見知らぬ戦士。それに……。
「白銀の長い髪と白いローブ」
「カナタさんに聞いていたエルフがディアナを連れてくるとは……困りましたね」
さすがのエルネスも戸惑いと不安を感じているようだ。
「ドラゴンは洞窟にいるようですね」
「何しに来たんですか? 俺たちに戦う気はありませんよ」
カレンは最初の頃のように好意的ではなく、敵意に近いものを感じさせた。
「破格の報酬のわりに魔術師二人が相手とは、楽な仕事にありつけたもんだ」
「最終目的はドラゴンの息の根を止めることです。お忘れなく」
「はいはい、分かってるよ」
戦士風の男は黒い甲冑を身にまとい、長槍を携えている。
彼の鋭い殺気が目に見えるようで、かなりの使い手であると推測した。
「あらやだ、カナタじゃない。久しぶり~」
ディアナはその場の緊張を無視するように手を振ってきた。
「は、ははっ、久しぶりです」
俺はぎこちない動作で手を振り返した。
「カレンだったかしら。同じエルフのよしみで手伝ってあげようよと思ったけど、カナタが標的なら話は別よ」
その声には明確な拒絶のトーンが含まれていた。
「な、何をおかしなことを。約束を破るつもりですか?」
「ドラゴンを倒せとは聞いたけど、それ以外は聞いてないわ」
ディアナがいやになっちゃうわと言いたげに、顔に手を当てた。
一方のカレンは険しい表情をしている。
誰でも二度目の裏切りを受ければ、やるせない気持ちになるだろう。
同情的な気持ちになるものの、易々とやられてやるわけにはいかない。
「くだらない話はそこまでにしておけ。オレは依頼のために戦うだけだ」
場の流れが混乱しかかったところで、甲冑の戦士が口を開いた。
「まずは、寝返った魔術師。貴様からだ」
ディアナと戦士がにらみ合う。
互いの距離は十メートル以上離れているが、一触即発の状態だった。
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