登場人物の中で一番強い男

 ディアナから凍てつくような殺気を感じた。

 彼女が氷の魔女と呼ばれる理由が分かった気がした。


 今までの様子からして一笑に付すかと思いきや、臨戦態勢に入っている。


「カナタさん、少し離れましょう」

「はい、そのつもりです」


 俺とエルネスは距離を置きながら、二人の様子を見つめていた。


「……オレをなめているのか。魔術師が肉弾戦で叶うと思うなよ」


 甲冑の男が素早く踏みこみ、尋常ではない速さで突きを放った。

 

 ――しかし、それはディアナが作った氷の剣に弾かれた。  


 彼女から膨大な量のマナが流れるのを感じる。

 それだけ本気ということなのかもしれない。


 ディアナは突きを受けるだけでなく、素早い動きで反撃に出た。

 間合いを詰めた後、氷魔術の剣戟を振るった。


 男はぎりぎりでかわしながら、隙が生まれるのを待っているように見えた。


 彼女は生粋の魔術師だと感じていたので、戦士のような戦い方は意外だった。


 決め手にかけると考えたのか、ディアナは軽やかな身のこなしで飛び退く。

 日光を反射して、白銀の髪が揺らめいた。


「ふん、魔術師にしてはなかなかやるな」

「あら、ありがとう。そろそろ音を上げてくれると助かるけれど」


 ディアナは見る者を怯ませるような笑みを浮かべると、氷の剣を放棄して片手を掲げた。

 そして、その手が下ろされると、男に向けて無数の火の玉が飛んでいった。


「……すごい。氷以外の属性も使いこなすのか」


 彼女は氷魔術のエキスパートだと思っていたが、他の属性もマスターしているようだ。


 放たれた火の玉が男に襲いかかる。

 彼はそれを避けながら、直撃しそうなものは槍で弾いていた。 

 

「魔術を武器で防ぐとは、カレンはとんでもない戦士をつれてきたようですね」

「多分、財宝の力が大きいのかもしれません」


 ドラゴンの逆鱗に触れるくらいなのだから、それなりの物がストックされているに違いないだろう。


 ただ、こんな迷惑な有言実行はやめてほしい。

 凄腕の戦士を連れてこられても困るだけだ。


 引き続き、正面では激戦が繰り広げられている。

 

 どちらも決め手に欠くようで、なかなか決着がつかない。

 ディアナにしては珍しく、手こずっているようだ。


 そのまま様子を窺っていると、馬の足音が近づいてきた。


「――誰?」

「――何者だ?」


 二人は攻撃の手を止めて、その気配に注意を払った。


「いやー、妙な気配がすると思ってきたら、こういうことですか」


 呑気な様子で話し始めたのはシモンだった。

 彼はマナ探知とは別のかたちで探査能力に優れているようなので、異常を感じ取ってここにきたのだろう。


 シモンは慌てて駆けつけたようで甲冑は身につけておらず、簡素な服装で鞘に入った剣を片腕に担いでいる。


 彼はよっこらせっと馬を下りると、二人の方に近づいていった。


「ふざけないで、邪魔をするつもり?」

「貴様、刺し殺すぞ……それ以上近くにくるな」


 甲冑の戦士とディアナが険しい表情で拒絶の言葉を吐いた。

 しかし、シモンは意に介さない様子で間合いを詰める。


「あれはちょっと、大丈夫かな……」

「心配ですね、どうしましょうか」


 エルネスは俺と同じで心配しているようだ。


「二人とも、喧嘩両成敗という言葉を知ってますか?」 

「邪魔しないで、あっちへ行って」

「いい加減にしろ、何のつもりだ」


 シモンはどういうわけか、説得を試みているように見えた。

 

「せっかくこの辺一帯が平和になったのに、揉め事は困るんですよね」

「あなたに関係ないでしょ」

「貴様、そろそろ突き刺すぞ」


 上手くいく可能性は低いと思ったが、予想通りの展開になった。

 殺気を向け合っていた二人は、シモンにその矛先を向けようとしている。


「――仲間が王様になったばかりなんで、火種は早めに消しときたいんです」


 シモンはそう言い終えると鞘から剣を抜いた。

 まばゆい光沢を持った剣身が姿を見せる。


「……下郎が図に乗るな」 

  

 甲冑の戦士が目にもとまらぬ速さで間合いを詰めた。


「あ、あぶない」


 一瞬、シモンがやられてしまうと思った。


「ふぅ、血の気が多い人は喧嘩っ早いから、分かりやすいってもんです」


 彼は手にした剣で男の突きを防いでいた。

 男の方は攻撃が決まらなかったことに戸惑っているように見えた。


「そんなもんですか? 本気じゃないなら本気できてください」


 シモンは男を挑発するようなことをいった。

 平たくいうならば、本気出してこんかいということか。


「……ちっ」


 男はさらに速度を上げたような動きで、シモンに迫った。

 しかし、武器と武器がぶつかる甲高い金属音が響くだけで、彼の攻撃は一度も当たらなかった。


「ありえん。オレの攻撃が受け流されるなど……」


 男は認めんと言わんばかりに、苦々しげな表情を浮かべていた。


「だいたいそっちの動きは把握しました。もう十分です」

「なんだ、と……」


 シモンは目では追えない素早い動きで、男に何か攻撃を加えたようだ。

 男はその場に倒れこんでしまった。


「とりあえず、一人っと。さて……おれはエルフの女性が苦手なので、ディアナと戦いたくないんですけど、そうも言ってられないですね」


 シモンはディアナと向かい合い、腰と同じぐらいの高さで剣を構えた。


 彼はディアナのように圧迫感のある気配を放っていないが、自然体の構えでどこにも付け入る隙がないように見えた。


 時間の流れがやけにゆっくりと感じられる。

 両者は互いに出方を探りながら、微動だにしない。

 

「もう戦う理由がないのよね。や~めた」

「うん、それが懸命ですね」


 シモンは剣を鞘に収めた。

 まさか、ディアナの方から退くとは思わなかった。

  

 一時はどうなるかと思ったが、無事に解決したようだ。  

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