そのドラゴンはお約束を破る
カレンの実力が分かったところで先へ進んだ。
ドラゴンは山にいると聞いていたが、遠くの方に見える山のことだろうか。
ここからだとまだまだ距離が残っている。
腕試しをするのはかまわないが、長い距離を歩くのは手間に思えた。
歩くのが負担になったら、カレンの魔術で運んでもらうことにしよう。
そろそろ、モンスターと遭遇しないかと思いかけたところで、遠くから風を切る音が響いてきた。耳に届く振動は飛行機が通る時のそれに似ている。
空に目を向けると、黒く大きな影が通過するところだった。
「……んっ? あれってもしかして」
「そ、そんな……。皆さん、あれが退治してほしいドラゴンです!」
カレンは上空を指さして興奮気味に声を上げた。
距離が離れていて分かりにくかったが、たしかにそれっぽいシルエットだった。
「えーと、ドラゴンは眠ってるんですよね?」
「こんなこと初めてです。一体、どうすれば……」
カレンはうろたえて判断を下せないように見えた。
「とにかく、飛んでいった方へ行きましょう。街の様子も気になる」
わざわざ言うまでもないと思ったが、彼女を待つ時間はないと感じた。
「そうですね、街に下りてるなら戦えるかもしれないし」
「カナタの言うとおりだ。まずは戻ろうか」
シモンとクラウスが同意してくれた。
カレンは茫然自失になりかけていたが、こちらの投げかけでもとに戻った。
「……はい、お願いします」
俺たちはモンスターで腕試しを中断して、マクリアへ戻ることになった。
四人で飛んでいった方向へ急ぐと、逃げ惑う人たちとすれ違った。
やがて、街の中心部にたどり着くと、巨大なドラゴンが鎮座していた。
予想とは異なる状況に戸惑った。
わざわざ退治する対象になっているぐらいだから、家の一つや二つ破壊してもおかしくないだろうに。ぱっと見では被害ゼロだ。
それにしても、さすが異世界。
生ドラゴンを見ることができるとは。
全身を錆色の鱗に覆われて、大きな角と牙、立派な翼を生やしている。
人間など簡単に飲みこんでしまいそうな口からは火炎を吹くのだろうか。
その二つの瞳は退屈そうに街を眺めているように見えた。
臨戦態勢でいたものの、攻撃性を感じないので出方に迷う。
無闇に攻撃すれば、刺激するだけで悪手な気がする。
「やれやれ、興醒めってもんです。戦意のかけらもないじゃないですか」
シモンがうんざりしたように声を上げた。
戦闘経験の豊富な彼なら、敵意の類を読み取ることは得意だろう。
その彼がそう言っているのだから、ドラゴンは何もする気がないようだ。
俺たちが様子を窺っていると、声のようなものが聞こえた気がした。
「……ああ、ごほごほっ。声出すの百年以上ぶりだから。何だか喉がつかえるわ」
いや、まさかと思うが……。
「どうも、ドラゴンです。ていうか、君たちは年下だし、敬語じゃなくていっか」
「カレン、ドラゴンって喋るんですか?」
「い、いえ。そんな情報はありません」
カレンは混乱しているように見えた。
俺もどうしたものか分からなくなっている。
「あれでしょ、そこのエルフにわしを退治しろとか頼まれた口でしょ?」
「ま、まあ、そんな感じです」
「まったく、困るんだよね。こっちを悪者にしてやっつけにかかるの」
ドラゴンの語りについていけない。
とりあえず、敵意がないことは合っているようだ。
「元はといえば、そのエルフたちがわしの財宝を盗んだのが始まりなんだよ」
「は、はあ、それで」
「でも、財宝を元手に凄腕の冒険者を雇ったりするから、なかなか反撃が上手くいかなくてね。しくしく」
ドラゴンは泣き真似をするように片手で目を拭った。
「そろそろ、いけるかなと思ってきてみたら、ちょうど君たちだよ」
「そっちの主張では、エルフたちに財宝を盗まれたということですか?」
「うんうん、だから一矢報いたいんだけどね……。君たち、強いんでしょ?」
俺たちの実力を見極めているのか、あるいは測りかねているのか。
「シモン、これって戦っていいんですか?」
「おれに聞きますか。いや、どっちが悪いのかなんて分かりませんって」
「クラウスはどう思います?」
美男子の魔術医は黙したまま、ドラゴンの方を見据えている。
すると、おもむろに口を開いた。
「あなたの生き血が欲しい。どうしても治したい患者がいてね。もし分けてくれるのなら、そちらの味方につこう」
クラウスは一歩前に踏み出した。
その様子に俺とシモンは顔を見合わせた。
特に動揺したのはカレンのようだった。
「クラウスさん、何を仰るんです!? ドラゴンは悪者なんですよ」
「本当にそうかな。カレンの話とドラゴンの話。どちらが正しいのかわからない。それなら、生き血が手に入る方を選ぶ」
何だか医者っぽいというか現実主義というか。
彼を敵に回すと厄介だが、そもそも戦いになりそうもない。
「もしもし、わしは生き血を上げるなんて許可してないよ」
「大丈夫です。痛くしませんから」
「あら、本当……ぽっ」
性別不明だが、ドラゴンがクラウスの美貌にやられたようだ。
彼はマイペースにドラゴンから生き血を採取しようとしている。
「ねえ、痛くしないでね」
「ええ、分かりました。もう少し力を抜いてください」
クラウスは黙々と仕事をこなし、俺を含めた三人は呆然とそれを眺めている。
「さて、シモンさん」
「はい、なんでしょう」
「帰りますかね」
「はい、そうしましょう」
俺たちのドラゴン退治は予想外の展開で幕を閉じた。
多分、もっとも目的を達成したのはクラウスだろう。
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