シルデラの鍛冶屋 その2

 招かれざる客に対して、シルデラは何事もない様子でその剣を手に取った。

 彼は柄を握って、剣身に指を沿わせると、すぐに机の上に剣を戻した。


「……この剣で何人斬った?」


 のんびりした様子は影を潜めて、淡々とした口調でシルデラはいった。

 

 初めて見るその様子にクルトは驚きを隠せなかった。


「ああっ、何人だったか……そんなこといちいち数えねよ。さっさとやれって!」


 男は声を荒げたが、シルデラは怯むような様子は見せなかった。


 シルデラはやれやれといったように首を左右に動かして、机の上におかれた剣を男の方に投げつけた。

 

 剣身が地面に落下して、キーンとした金属音が響いた。

 男は少しの間だけ呆気にとられてから、怒りの色を濃くしていった。


「てめえ、鍛冶屋ごときがオレ様に何してんだよ!」

「人殺しに使われて剣も泣いておるわ。さっさと出ていけ」


 興奮した男は地面に転がった剣を手に取り、シルデラに斬りかかろうとした。

 それを見たクルトは、目の前を通過する男に足払いをかけた。


 頭に血が上っていた男は完全にバランスを崩して、正面から地面に倒れこんだ。

 そして、クルトは倒れたままの男の背に手を乗せた。


 すると、数秒後に男は気を失ったかのように動かなくなった。


「悪いなあ。面倒ごとを片付けてもらって」

「気にしなくていい。それに剣を仕上げてもらいたいからな」

「……ちなみに、魔術でも使ったのかねえ」

「そんなところだ」


 シルデラはそれ以上、何も聞かなかった。


 彼は何事もなかったかのように、クルトの剣を磨き始めた。

 一方のクルトは男の足を掴んで、地面にすったまま男を鍛冶屋の外に運んだ。


「あとで衛兵に声をかけておくから、そのうち男を捕らえてくれるはずだ」

「その男はカルマンからの流れ者だなあ。近頃、物騒になってきたわ」

「もしやと思ったら、そうだったか。城壁があってもこれでは意味がないな」


 クルトは小さくため息をついた。

 城壁周辺では見回りが行われているものの、通行には特に制限がない。


「さてさて、こんな感じでいいかねえ。切れ味は十分あると思うわ」


 シルデラは剣身を布切れで拭いて、机にあった鞘の隣に剣をおいた。

 一仕事終えた後のように満足げな笑みを浮かべている。


「さっきも言ったかもしれんが、お前さんは英雄にならんでもいい」

「英雄になりたいわけじゃない。フォンスを守りたいだけだ」

「ふむっ、わしは無理をしてほしくない、それだけだわ。クルトの好きにしたらいいんじゃないかね」


 クルトはシルデラの話に耳を傾けながら、剣の仕上がりに目を向けた。

 彼が自分で手入れした時よりも数段剣身が輝いて見える。


「それで、いくら払えばいい?」

「お代はけっこうだわ。アフターサービスというやつだねえ。その剣をいい値で買ってくれたから、あとはおまけみたいなもん」


 クルトが購入した時、たしかにレガルが大量に必要だった。

 しかし、手入れは別物だと彼は考えていた。


 もっとも、代金を確認しても、毎回こうやってシルデラは断ってくる。

 そこで押し問答をするつもりもなく、クルトはそのまま引き下がった。


 代金の話に片がつくと、シルデラが鞘に剣を収めてクルトに渡した。

 クルトは剣を受け取ると、それじゃあまたとあいさつをして鍛冶屋を出た。


 彼は衛兵を呼びに行く必要があると思いながら、そう急ぐ必要はないと考えていた。

 男にわざをかけたのはクルト自身だったから。


 クルトは魔術を使うことはできないが、天性の素質で体内を流れるエネルギー、気のようなものをコントロールできる能力を持っていた。

 相手が静止した状態でしか使えないという制限がかかるため、回避が容易という点がネックになり、対人戦で有効な能力とは言いがたい。


 シルデラは英雄にならなくてもいいと口にしたが、クルト自身はもっと強い力が必要だと感じていた。


 戦闘の実力はシモンのように図抜けたものはなく、大軍を率いるようなカリスマ性があるわけでもない。

 そうなれば、自然と己と父親の彼我の差を比較してしまう。


 剣の仕上がりに満足しながらも、彼は悶々とした気持ちになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る