送られた刺客
クルトはシルデラが仕上げた剣を抱えながら、レギナの街外れを歩いていた。
人通りで賑わう中心部に比べて、この辺りはさびれた雰囲気を感じさせた。
通過する景色の中で、今にも崩れ落ちそうなあばら屋がいくつか点在している。
レギナにおいて格差が問題視されることは少ないが、クルトが通りがかった一帯は経済的に厳しい生活を強いられているであろう印象を与えた。
クルトは苦々しい思いを感じながら、その場を通り過ぎようとしていた。
ふいに彼の視線の先で、物陰から人影がすっと出てきた。
「――騎士クルトだな?」
それは目つきの鋭い男だった。軽装の鎧と腰に携えた剣。
フォンスではあまり見かけない青い髪。
彼は密偵から得ていた情報で、相手がカルマンに所縁(ゆかり)のある者だと判断した。
なぜ、こんな場所で声をかけられたのかは分からなかった。
「……何か用か?」
「お前にはここで死んでもらう」
男は鞘から剣を引き抜いて中段の構えをした。
それに応じるようにクルトも剣を抜き、両手で構えた。
彼は相手の力量を見極めるため、数歩下がって間合いをとった。
男はクルトの出方をかまわずに距離を詰め、高々と剣を振り上げた。
びゅんっと風を切るような音がした。
しかし、その一撃は命中せず、クルトは余裕をもってかわしていた。
男はすぐさま体勢を立て直して、次の攻撃を仕掛けようとしている。
「君の力量では僕を斬ることはできない、やめておけ」
「ふんっ、強がりを言うな。フォンスは腰抜けばかりだ」
男は同じように頭上から剣を振り下ろして、クルトを斬ろうとした。
それも空を切り、彼は涼しい顔をして剣を構えている。
攻撃をかわされて、男には焦りの色が浮かび始めていた。
早く決着をつけようとするように、さらに連続で攻撃を繰り出す。
クルトは相手の連撃を剣で受けつつ、足の運びでかわしきった。
闇雲に剣を振り続けたことで、男の動きに隙ができた。
クルトはその瞬間を見逃さず、剣の柄を押し出して男の胸の部分を突いた。
固い防具をつけていないことが幸いして、男は咳こみながらその場にかがんだ。
「――しばらく眠っておけ」
クルトは男の肩の部分に手をおき、気の流れを弱めさせた。
すると、男はうつ伏せで地面に倒れこんだ。
クルトはそれを見て鞘に剣を収めた。
鍛冶屋での出来事もあり、どのみち衛兵を呼ぶつもりでいたが、彼の頭の中に一つの疑問が浮かんでいた。
「……なぜ、カルマンから刺客が送られてきた?」
状況的に密偵が裏切ったとは考えにくい。
雇い主のクルトを殺したところで報酬が途絶えるのだから、寝返る時はその素振りを気づかせずにカルマンへ従属すればいいだけの話だ。
クルトは考えがまとまらないまま足を運んだ。
やがて、さびれた街並みから活気ある通りに周囲の景色が変化していた。
「……いや、そこまで腐敗してはいないだろう」
彼はある可能性に考えが及んだが、それを否定したい思いが強かった。
ただ、その可能性がゼロではないとも感じていた。
「まさか、水の宮殿内に内通者がいるなど、ありえない……」
気持ちの上で否定することはできながらも、クルトは混乱していた。
フォンスの内通者とカルマンが結託していれば、強固な城壁があろうとも攻め落とすことは困難ではなくなる。
足並みが揃わなければ、カルマンの軍勢にひれ伏す可能性は十分にある。
先の戦争から数十年が経ち、彼我の戦力差を明確に測れなくなっているとはいえ、少なくとも練兵が進んでいないフォンスの兵たちは優れた戦力とはいえない。
そして、クルトが密偵から得た情報では、カルマンは好戦的な気質が作用して、それなりの戦意を維持し続けているようだ。
「……これはあいつに聞いてみた方がいいかもしれないな」
クルトは自らの知恵では答えを出すことができなかった。
そのため、戦いの経験があるシモンに訊ねようと思い立った。
探検者組合はシルデラの鍛冶屋がある方面から中心部を挟んで反対側にある。
彼はそこに向かって移動を始めた。
レギナの街中は時間帯を問わず人通りが多い。
クルトは通行人をかわしながら早足で進んだ。
彼が歩いていると、道の途中で見覚えのある人影が目に入った。
それはエルフの少女ヘレナだった。街角にある花屋の前で立ち止まっている。
その姿を見かけて、クルトは声をかけようと近づいていった。
「ヘレナ、花が好きなのか?」
「……この花きれいだなと思って」
ヘレナは彼の存在に気づいて言葉を返した。
その瞳は目の前の花に吸い寄せられているように見える。
「この花、いくらする?」
「おおっ、これは騎士様。それはフラウスの花ですね、3レガルです」
「それを彼女に」
店主は人の良さそうな中年男性だった。
水鉢から取り出されたその花は、大きな花弁で明るいオレンジ色をしている。
「あ、ありがとう」
ヘレナは驚くような様子を見せた後、愛らしい笑みを浮かべた。
クルトはそれを見て、心が温まるような気持ちになった。
「何か包みますかね?」
「……そうだな、そのまま渡してもらおう」
ヘレナは店主から花を受け取ると、満足げな表情を浮かべた。
「ありがとうございました」
店主が一礼して丁寧にあいさつをした。
クルトとヘレナは花屋を後にした。
「これから、シモンのところに行くんだ。よかったら君も来ないか」
「うん、そうします」
二人は探検者組合に向かって歩き始めた。
ヘレナは花屋で手に入れた花を嬉しそうに見つめている。
「森に花は生えていないのか?」
「ええと、色んな花はありますけど、この花は森には生えてません」
彼女はクルトにまだ慣れていないのか、あまり目を合わせずに答えた。
知的な雰囲気はあるが、どちらかというと控えめな印象を受ける。
「豪邸のために戦うという意思に変わりはないか?」
「……えっ、変わりはありません」
ヘレナは少し戸惑うような反応を見せた。
クルトがそう問いかけたのは、先ほど刺客に襲われたことが影響していた。
「つまらない質問をしてすまない。危険が伴うから再確認したかったんだ」
「わたしの心配してくれるんですか?」
「ああっ、僕よりも年少者の君に戦わせるのは良心が痛むところはある」
クルトはどこまで本心を出すべきか考えていた。
彼は回りくどい言い方が得意ではないため、直接的な言い方になることが多い。
「ふふっ、おかしいの」
「……えっ、何かおかしかったか」
ヘレナは微笑みを浮かべていた。
クルトには理由が分からなかったが、彼女は愉快そうにしている。
「わたし、もうすぐ二十才だから、クルトとそんなに変わらないよ」
「そ、そうなのか」
クルト自身、聞きかじった程度の知識で、同じ年齢ならエルフは人間よりも若く見えるということは知っていた。
しかし、実際にヘレナを前にしてみると、透き通るような肌、純粋さの残る表情などから、にわかに信じがたいという思いがあった。
「わたしより、クルトの方が大変そうだよ。エルフは森にいれば安全だけど、ここの人たちはそうはいかないでしょ。それを守らないといけないなんて」
「……それが僕の役割だからな」
「ふーん、とりあえずわたしは豪邸が手に入ればそれでいいけど、カルマンが攻めてきたら住めなくなるだろうな」
ヘレナは独り言のようにいった。
クルトはそれを聞きながらその通りだと思った。
「どっちみち、豪邸に住めなくなるだけだから、わたし協力するから」
「そういってくれるなら助かる。フォンスには魔術師は少ないからな」
クルトはカルマンも同じなので、状況次第で圧倒できると読んでいた。
ウィリデの助力があれば魔術部隊に戦ってもらうことも可能だが、現時点でその予定はない。
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