フォンスへ向かう旅

 二日後に旅に出ると決まってから、荷物の準備を進めた。

 しばらく宿舎を留守にすることになるので、留守中のことはミチルちゃんに頼んでおいた。


 それからあっという間に出発当日がやってきてしまった。

 さすがに昨晩は期待と興奮で眠りが浅く、今朝は早めに目が覚めた。

 

 森を歩くのにキャリーケースを引っ張るわけにもいかず、もともと地球から持参していた大きめのバックパックを使うことにした。そこに何日か分の着替えと下着が詰めこんである。

 

 喉が乾いた時のために水筒に冷えた飲み水を入れておいた。

 雨が降るのか分からないので、レインコートの役目も果たすナイロンジャケットを羽織ることにした。


 俺は荷物の確認を終えた後、これからハイキングへ向かうような装いで待ち合わせ場所へ出発した。

 ウィリデの人は俺の服装が珍しいようで、普段よりも通行人に見られることが多かった気がした。


 やがて、大森林に一番近い通用門へ到着すると、すでに二人が待っていた。


「あら、おはよう。しっかり準備してきたのね」

「おはようございます、カナタさん」


 エルネスは布袋を大きくしたようなカバンを提げている。

 リサはとても軽装で今までと変わらないような印象だった。


「順調に行けば日が沈むまでには集落にたどり着けるはずだから、今日はそれが目標よ。遅れないでね」 

「集落の先からは野営が必要になると思いますが、その辺りの準備は任せてしまってよいのでしょうか?」


 エルネスは最終確認のように慎重な面持ちでたずねた。

 俺とリサはそれに応じるように頷いた。


「ええ、それは大丈夫よ。集落で必要なものは用意してあるから」

「それはありがたいですね」

「それじゃあ、早速出発しましょうか」


 俺たちは門を通過して城壁の外に出た。


 前方には草原の合間を縫うように街道が続き、その先には左右へどこまでも広がる森が見えている。圧倒されるような緑の壁だった。


 空は澄み渡るように青く、帯状の雲がうっすらと浮かんでいた。

 輝くような陽射しが降り注ぎ、風になびく草むらがその光を反射する。


 リサが先頭を歩き、俺とエルネスが横並びになるかたちで歩いている。

 彼女の足並みは軽やかで一日中歩いても平気そうな活力を感じさせた。


 一方のエルネスは口数が少なく、これからの行程を考えているように見えた。

 俺はそんな二人を観察しながら、初めて通る景色を眺めていた。


「カナタさん、実は僕もフォンスに行ったことがありません」

「へえ、エルネスもないんですか。ウィリデの人はあんまり大森林より向こうに行かないらしいですね」

「行商や特別な用事がない限り、街育ちの人は同じような感じだと思います」


 リサが会話に加わるかと思ったが、ペースメーカーの役割を担おうとするかのように、少し前を規則的なリズムで進んでいた。


 彼女はかなりの健脚なようで足運びに力強さと安定感がある。


「僕も入り口周辺や少し先までは行ったことがあります。ただ、彼女の集落があるところは距離が離れていて縁がなかったので、行ったことがありません。そもそも、森で暮らすエルフと街で暮らすエルフとではコミュニティが異なりますから」

「それは知らなかった。別に仲違いしているとかではないですよね?」

 

 そんなふうには思えないが、これから行く先なので要確認事項だった。


「いえいえ、そんなことはありません。日常的に生活する場所が違うから接点がないだけです」

「エレノア先生は森のエルフと交流があるみたいだし、そんなもんですよね」

 

 彼の言葉を聞いて一安心した。


 初めて大森林と聞いた時は富士の樹海のような鬱蒼とした森林を予想していた。

 しかし、入り口まできてみると拍子抜けするような印象を受けた。


 背の高い木々が生い茂り、永遠に続いていくかのように見える。

 木の種類は詳しくないので分からないが、地球でも見たことがありそうな針葉樹がほとんどだった。

 

「はい、ストップ。この辺はまだ明るいけど、ここからもう大森林です。油断しないように」


 リサが足を止めて後ろを振り返った。


「彼女の言う通りです。カナタさんも知っているデンスイノシシは森に入ればたくさん生息しています。オオコウモリは分かりませんが、同じぐらい危険な動物がいる場所です。どうかご注意を」


 エルネスがあらたまった調子でいった。


 甘く見ているつもりはないが、気を引き締めた方がいいことを実感した。

 それとエルネスから、いつでも魔術が発動できるようにとアドバイスがあった。


 リサは俺とエルネスの様子を確認した後、森の中へと歩を進めた。

 これから何が起こるか分からない不安、この先に広がる新しい世界への期待、その二つが胸のうちを占めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る