会心の一撃

 オークまでの距離がどんどん近くなる。

 攻撃の兆候を見逃さないために一挙一動から目が離せない。


 こちらの突進に反応するようにオークが杖をかざすと水晶に変化があった。

 同じパターンを経験したばかりなので対策は万全だった。

 

 オークまでの距離が残った状態で、水晶の先から火の魔術が放たれた。

 足止めされるのを避けるために、氷の盾を発動するわけにはいかない。


 正面から飛んできた無数の火の玉を、同じぐらいの威力の魔術で相殺した。

 そして勢いを維持したまま、剣の届く範囲まで一気に距離を詰めた。


 これまで見てきた限りではモンスターの表情は変化に乏しいが、目の前のオークからは恐怖や驚きという感情が見て取れた。


「――これで決着だ」 


 腰に携えた鞘から剣を引き抜き、野太い首元に向けて全力で振り抜いた。

 わずかな時間差をおいて、血しぶきが周囲に飛び散った。


「……あ、あれ……どうして……?」


 オークは何が起こっているのか分からない様子だった。

 全身の力が抜けたように、ゆっくりと床に倒れこんだ。


「――こんなところで魔術戦は不利だから、剣を使わせてもらったよ」

 

 肉を断ち切った生々しい感触が手に残っている。

 例えようのない嫌悪感が胸に湧いているが、その前にやるべきことがある。


「杖の水晶はそのままにできない……」


 俺はオークの手にした杖に近づいて、水晶の部分を踏みつけた。


 すると、ガラスが割れるような音を立てながら、あっけなく砕け散った。 

 魔術に耐性があったものの、物理的な衝撃には耐えられなかったようだ。


 今度こそ倒せたか気がかりになり、オークをじっと眺めた。


 黒い毛に覆われた巨体はぴくりともうごかず、その目は開いたままだった。

 念のために剣の先端でつついてみるが、何の反応もない。

 

 少しすると肉体が崩れ落ちるようにして、細かく白い灰に変化した。

 オークに勝利したことが分かると、足の力が抜けそうだった。


「メリルたちに伝えに行かないと……」


 俺は力の入りにくくなった下半身を動かして、拠点の方向に歩き出した。


 

 しばらくして目の前につくと、頑丈な金属製の扉は完全にしまっていた。

 厚すぎて中まで音が聞こえるかは自信がないが、何度かノックしてみる。


 数秒ほど経ってから、ゆっくりと扉が動き始めた。

 入っていいものか様子を窺っていると、あご髭の男がぬっと顔を出した。


「おおっ、オークを倒したのか!」

 

 彼が外に出てくると、他の仲間たちも続いて現れた。

 俺が男に話しかけようとしたところで、彼らから熱い視線を感じた。

 

「ええまあ……ところで、外にいるのが味方かどうかを確かめられるんです?」

「その扉はモンスターには触れない特殊な加工がしてある」

「なるほど、珍しい技術だ」


 男と話し終えたところで、少し遠巻きに見ている仲間たちが声をかけてきた。


「いやー、お見事ですな。魔術を使うモンスターは難敵。苦戦は必至なのに」

「屈強な戦士には見えんが、なかなかの腕前の御仁のようだ」 


 口々に称賛の声を上げているが、少し照れくさかった。


「あんた、強いんだな。オレは半信半疑だったけど、他の連中は勝てないと思ってたみたいだぜ。とにかく、生きて帰ってきてよかった」


 今度はリュートが現れて話しかけてきた。

 そんなふうに思われていたとは複雑な心境だが、歓迎されているようなので問題ないだろう。


「なあ、メリルから聞いたんだけど、オークが不思議な水晶を持ってたらしいじゃねえか」

「そうだね、杖にはめこまれた紫色の水晶だった」

「それってどうなった? モンスターの持ってる貴重な道具は値打ちがあるんだ。まだ残ってそうならオレは取りに行くぜ」


 まさか、あの水晶にそういった価値があるとは思いもよらなかった。

 ただ、リュートには残念なお知らせをしなければならない。


「……ああっそれなら、厄介なことにならないように粉々に砕いた」

「本当かよ!? もったいないことしやがる」


 彼は肩を落としてうなだれた。


「おいおい、私たちに助力してくれたのにその言いぐさはないだろう」

「いいんです、いいんです。俺は気にしないので」

「そうか、それならいいが。地下で立ち話を続けるのもなんだし、中へ戻ろう」


 あご髭の男に促されて、俺は拠点の中に足を運んだ。

 

 始まりの青の面々が歓喜に湧く様子が心地よかった。 

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