戦いの決着
いつかのエルネスの言葉が脳裏をよぎった。
魔術は発動までのタイムラグがあるため、肉弾戦は注意が必要だということ。
幸いなことに二つに分かれた敵の集団はどちらも距離が離れている。
それに加えて、手前の方に関しては雷撃で気絶した者がほとんどだ。
――全身を流れるマナに意識を向ける。
集中力を高めて、食い止めきれなかった兵士たちに向けて氷魔術を発動した。
雷魔術に比べると制御が効きやすく、動きを制限するのに扱いやすいかった。
急がなければ味方と思しき男が攻撃されそうだったが、魔術の制御がおろそかになるので、焦らないように注意が必要だった。
かかげた右手から凍てつく冷気が発せられて、氷塊とともに解き放たれる。
足元に直撃した者は下半身が凍りついて動けなくなっていた。
――ひとまず敵の動きを止めることに成功した。
そうこうしているうちに、エルネスは前方の男の援護に向かっていた。
見事に加勢して、カルマン兵をばったばったと倒している。
向こうについては心配しなくても平気なようだ。
俺は倒れこんでいる男に声をかけた。
「……大丈夫ですか?」
「うっ、ううっ……」
彼は意識がはっきりしないようだった。
二十代前半ぐらいで燃えさかる炎のような赤い髪が印象的だった。
彼は胴を鎧で覆い、握りしめた剣は精巧な作りをしている。
軽装のカルマン兵に比べて、かしこまった服装と防具。
一兵卒には思えないので、フォンスで身分の高い人なのだろうか。
粗相をしないようにと思ったが、この状態では心配いらないはずだ。
まずは、彼が攻撃されないように注意しつつ、エルネスが戻るのを待とう。
「――魔術師風情がなめるな!」
付近の敵は制止させたはずだったが、どこからともなく敵が現れた。
こちらに剣を振るわれる前に氷魔術で盾を作る。
そしてすぐさま、空いた方の手で雷撃を放つ。
短く閃光がほとばしり、敵は感電したような反応を見せて倒れこんだ。
「……はあっ、はあっ、」
俺は少し前までしがないサラリーマンでしかなかった。
元自衛隊員でもなく、こんな状況を体験したことがあるわけない。
気に留めるほど余裕がなかったものの、ずいぶん息が上がっていた。
少し苦しさを感じているが、気を緩めるわけにもいかない。
俺は周囲を警戒しつつ、倒れたままの男を守り、エルネスを待った。
「カナタさん、見事な戦いぶりでした」
「……想像以上に大変でしたよ」
エルネスがこちらへ戻ってきた。
前線で戦っていた男も一緒だった。
「いやー、助かりました。思ったより押されてたんで、やばかったです」
彼は激戦の後とは思えないようなフランクな態度だった。
「彼はシモンというそうです」
「はじめまして、カナタといいます。……そちらの所属はフォンスですよね?」
「ああっ、そんなところです。ええと、クルトの様子は」
シモンは余裕のありそうな表情だったが、少し慌てるようにもう一人の方へ近づいた。
「この人はクルト。フォンスの騎士なんです。今回は厳しい戦いだったので……」
彼は言葉少なに説明すると、クルトという男を起こした。
クルトに何か違和感を抱いていたが、それが彼のマナに歪みを感じたからだと気づいた。
俺は魔術を身につける中で、以前よりもマナの感覚を察知することができるようになっていた。
「彼はだいぶ消耗していますね。普通は魔術師でなければ、マナを意識的に使うのはむずかしいのですが、体内のマナを消費して戦っていたのでしょう」
エルネスがシモンに向けていった。
シモンはその言葉に頷いて見せた。
「……おれが無理させすぎてしまったんです」
その言葉は少し悲しげに聞こえた。
「まずは町まで戻りましょう。応急処置なら僕でも可能です」
「おおっ、それはありがたい。敵の増援も来そうなんで、移動しましょうかね」
俺たちはそれぞれが止めた馬のところへ移動した。
シモンはクルトを担いで馬に乗っていた。
「あなたたちの馬は、なんか……普通と違いますね?」
「はい、そうです。……もしかして、シモンはマナの流れが見えますか?」
「魔術は使えないんですけど、ちょっとしたきっかけで」
「なるほど、やはり見えますか」
二人のやりとりから、シモンがマナの流れが見えると知った。
魔術師以外でマナの感覚が分かる人に初めて会った気がする。
「こっちの馬には少し無理させちゃいますけど、一気にレギナへ行きたいです」
「なるほど、レギナに」
「俺たちはどっちみちウィリデに戻らないといけないので、いいと思いますよ」
三人で話し合った結果、途中の街でクルトを回復させてから、すぐにレギナへ戻ることに決まった。
俺たちは馬にまたがりながら、来た道を戻り始めた。
二人分の重さあって、シモンの方の馬は少し速度が出づらい感じだった。
「あの、申し訳ないんだけど、どちらか馬を代わってくれませんかね? そっちの馬の方が馬力がありそうなので」
「それなら、僕が代わりますよ」
エルネスとシモン、クルトの馬が入れ替わった。
それから少しペースが上がり、国境近くの町が見えてきた。
「あそこはメルスという町ですね。クルトを休ませたいんですけど、国境から近すぎて危険なんで、もう少し先の町へ行きましょうか」
シモンの提案を受け入れて、その場所を通過した。
町が無人なのは避難が済んだからだと、彼から説明があった。
俺たちは長時間移動を続けたが、途中でエルネスがクルトのマナを調整して、枯渇した状態を回復させていた。一時的な手段なのでゆっくり休められる場所が必要という話だった。
その後はクルトの様子を見ながら、落ち着いて休める町で彼の回復を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます