上級魔術師カナタ

 俺がウィリデに帰ってきてから、数日が経過していた。

 しばらくの間、目の回りそうな忙しさが続き、こちらにきて初めて時間に追われるような日々だった。


 色々な出来事があった中で、一人で大森林を突破したリカルドが、ウィリデの王様に陳情に行ったことが最初に思い浮かんだ。

 さすがに他国から訪れたばかりのドワーフだけでは王に会うことを許されないので、エルネスが仲介役として協力した。


 リカルドはフォンス侵攻に伴う殺戮と戦いを望んでいなかった。しかし、彼の意思は実を結ばず、カルマンは進軍の準備を進めていた。


 リカルドは鍛冶師として責任ある立場であったことを逆手に取り、国を出て武器防具の生産を遅らせる作戦をとった。そして、その足でフォンスに防衛するように進言した。

 だが、残念なことにこれも実を結ばず、彼はフォンスで門前払いを食って、ウィリデにやってきたというわけだ。


 最終的な結果として、ウィリデ王がリカルドの陳情を聞き入れたことによって事態が大きく動いた。長旅を経て、彼の希望がようやく叶ったということになる。


 俺はウィリデに戻ってからも魔術の修練を続けていたが、エルネスの推薦がきっかけで上級魔術師になった。

 本来は段階を踏んで精査されるらしいが、戦力になるという理由から、簡易的に魔術をチェックされるだけで済んだ。


 言うまでもなく、カルマンが攻めてくるまでに残された時間が分からないので、人口がそう多くないウィリデには少しでも戦力が必要なのだろう。


 その後有事に備え、ウィリデ国防の中心になる魔術部隊の人員配置が行われた。

 

 ・カルマンが大森林を越えた場合に備える


 ・フォンスへの援軍に向かう


 ・カルマンの動きを偵察する


 これら三つの目的に分かれて、人員が振り分けられた。


 当然ながら、防衛は国家存続にかかわる重要な役割なので、魔術部隊に所属する上級魔術師の中でも上位にあたるものが選ばれたらしい。

 言い切れないのは、その人たちの実力はおろか顔さえも知らないからだ。


 俺は上級魔術師になれたものの、正式に魔術部隊へ入ったわけではないので、こういった情報はエルネスから事後報告というかたちで聞いていた。

 

 今回の件でどこに配置されるかと思ったら、フォンスへ行ったばかりで土地勘があるという理由で前線の調査を任されてしまった。

 もちろん、新米で仮登録のような俺一人に任せるはずもなく、エルネスも行ったばかりということで二人で向かうことになった。


 肝心の魔術の方はというと、使えば使うほど限界値が上がり続け、発動できる魔術の威力も伸びていった。

 成長を認められたこともあって、俺は少しずつ自信を深めていた。


 初めは上手く扱えなかった氷魔術の習得、それに加えて雷魔術の習得。

 この二つが扱えるようになったことも大きな成長だと振り返る。


 

 ――ここまでの出来事がこの数日間にあった。

 

 短期間に魔術の修練を詰めこまれたことが、多忙を感じた一番の理由だった。

 一人分の戦力にならなければいけない状況だったので、今回は仕方がなかった。

  

 カルマンが攻めてくることは確定的で、残された時間はそう多くなかった。

 俺とエルネスは馬の扱い方を端折り気味に教わって、マナで強化された特別な価値のある馬で前線の調査に向かうことになった。


 この馬は疲れ知らずでとにかく速く走れる。

 エネルギー源が大気中のマナなので、ほぼ無尽蔵ということだ。


 俺たちは短時間で大森林を抜けてフォンスに入り、リカルドに書いてもらった地図で国境付近まで進んだ。

 フォンス側では敵の姿が見えなかったが、念のため慎重に国境を越えた。


 それから、少し進んだ先で戦いの気配がした。

 エルネスと二人で様子を窺いながらゆっくりと近づいた。


 そこには、何十人もの兵士が入り乱れていた。

 エルネスからそれがカルマン兵だと聞かされた。


 そして、人間業とは思えない戦いぶりで、カルマン兵を退ける二人の男がいた。

 所属は分からないが、フォンスを守ろうとする位置取りから味方だと判断した。

 

 そこからは、エルネスの指示を受けることなく、自然と体が動いていた。

 手前で劣勢にあった男を手助けするために、彼を取り囲んだカルマン兵に向けて中程度の雷魔術を放った。


 ボルト換算すればけっこうな数値が出そうな雷なので、金属製の装備を身につけていたら一溜まりもないはずだ。

 こちらの見込み通りに、魔術が直撃した兵士たちは気絶するように倒れていった。


「エルネス、これはけっこうヤバい状況ですね」

「にわかに信じがたいと思っていましたが、まさかここまでカルマンが攻めてくるとは……。カナタさん、気を引き締めていきましょう」

 

 人生で初めて、生身の人間を相手にした戦いが始まろうとしていた。

 戦いの空気に圧倒されそうだったが、魔術がこの身を守ってくれると信じ、両足に力をこめてカルマン兵たちと相対した。

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