港町を支配するモンスター

 廃屋から移動を続けたところで、メリルが制止するように合図を出した。

 

 その場に立ち止まると、声が聞こえてきた。


「みんな、モンスターが席を外したからってサボるなよ」

「もううんざりだよ。どれだけ漁の調子が良くても、全部モンスターに取られちまうなんて」


 たくましい身体つきの男たちが何かの作業をしていた。

 辺りにモンスターは見当たらないものの、無闇に姿を晒すのは危険だろう。


 メリルが周囲を警戒してくれているが、俺も見つからないように注意を配った。


「諸君、ご苦労」

「カカカッ、働け働け」


 一体のオークがカラスのような生き物を肩に乗せてやってきた。

 慇懃無礼な口ぶりと小さなレンズのメガネが特徴的だった。


 アルヒ村にいたオークは黒かったが、今度のオークは白い体毛に覆われている。

 まるで大きな白豚が二足歩行を始めたような外見だった。


「デグラス様、仲間たちは疲労困憊です」

「魔王様への反抗、そう受け取ってもよろしいので?」

「いいえ、滅相もございません。……ですが、無理をすれば船が沈みかねません」


 丈夫そうに見える漁師たちだが、酷使されて弱っているのだろう。

 何だか気の毒に思えてきた。


 この場でデグラスというオークを懲らしめたい衝動に駆られたが、それを見抜いたようにメリルが首を横に振った。


 かすかな険しさは感じさせつつも、メリルは落ち着いた表情だった。

 彼女も我慢しているのだと思うと、浅はかな行為は慎むべきだと感じた。


「……魚をほとんど取られて、何を食って生活していけばいいんだ」

「――おっ、おい」


 漁師とデグラスのやりとりが終わったところで、別の漁師がたまりかねたようにこぼした。


「おやっ、やはり反抗的な要素があるようですね」


 デグラスは鞘に収まった大ぶりの剣を抜こうとした。


「どうか、どうかお許しを」


 口にした張本人は暗い表情でうつむき、最初の漁師がデグラスに懇願している。


 ――どうする?


 このままでは、あの漁師が斬られてしまう。


 息を呑んで見守っていると、また違う漁師が近づいていった。

 すると、不満をこぼした漁師の襟首を掴み、勢いよく殴りつけた。


「これで十分だろう」

「同朋を制裁するとは見上げた心意気。今回はそれに免じて見逃すとしましょう」

「カカカッ、殴れ殴れ」


 肩に乗せたカラスが不気味な声を残し、デグラスは去っていった。


 モンスターの気配がなくなってから、メリルに小声で話しかけた。


「漁師たちに俺たちの顔を見せる?」

「いえ、詳しい状況が分からないので、一度戻りましょう」


 危険は最小限に抑えるべきだと思い、彼女に同意して来た道を引き返した。

   

 先ほどの廃屋に戻ってから、メリルが口を開いた。


「一人の漁師を殴っていたのが仲間です」

「なるほど、あの人がそうだったのか」

「あそこまでしなくてもと思いましたが、デグラスと呼ばれたオークは人間に厳しいようなので仕方がなかったのでしょう」


 メリルはわずかに表情をゆがめている。

 おそらく、あの状況に胸を痛めたのだろう。


「――ついに作戦が始まったか」


 二人で話していると廃屋の扉が開いて誰かが入ってきた。


 思わず視線を向けると、一人の漁師が立っていた。

 メリルが仲間だと話していた男だ。


 男は彼女の方を向いて話しかけた。


「……ターナーが来ると聞いていたが?」

「彼にはアルヒの警護を頼みました」

「それと、この男は何者だ?」

「彼は異国の魔術師です。何度か力を貸してもらいました」


 二人は同じ組織の仲間同士のようだが、男からは高圧的な印象を受けた。

 それもあってメリルが緊張しているように見える。

 

 男は動きやすそうな服装をしていて、漁師の中に紛れるための格好だと感じた。

 日に焼けた肌で背は高く、短めの刈り上げたような髪型をしている。 


「魔術師? 敵の手先ではないのか?」

「けっしてそんなことはないと思います」


 彼らの会話に入りこめそうな余地はなかった。

 俺はそのまま様子を見守ることにした。


「いずれその時が来ると思い、この部屋に仲間が来ることを確認していた。少数で作戦を開始することは覚えているが、まさかやってきたのがたった二人とは」


 男はうんざりしたような声を上げた。


「全体の話し合いでゲリラ的にモンスターを倒して、少しずつ解放の波を拡大すると決まったはずです」


 メリルは厳しい表情だった。

 男の否定的な態度に抵抗感を覚えているように見えた。


「……忘れたわけではない。やるだけのことはやるさ」


 男はそう言い残して廃屋を出て行った。


「彼の名前はゼノだったと思います。あまり好意的ではないのが残念です」


 メリルは少し疲れたような様子で言った。


「協力してくれるのならいいけど……あの感じだとどうだろうね」


 彼女の仲間が難ありな態度を示したことで、一抹の不安を覚えていた。

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