異世界解放戦線

 オークは息絶えて少しすると、立ちこめる霧が晴れるように消滅した。

 

「仲間からの情報では野生の動物と違い、死んだ後には何も残らないようです」


 俺が驚いていると、フォローするようにメリルが説明した。


「生物というよりも魔術の結晶みたいな感じなのかな」


 ウィリデにいた時、オオコウモリやキメラは死骸を残していた。

 しかし、オークはそうではない。


 おそらく、根本的なところで何かが違うのだろう。

 モンスターを目にしたのは初めてで分からないことだらけだった。


「これで後には退けなくなりました。今後は各地の仲間たちと協力して、モンスターからの支配に抵抗していきます」


 メリルは強い意思を感じさせる様子だった。

 そういえば、いつかのクルトも同じような雰囲気だった気がする。


「メリル、彼の格好は目立ちすぎる。僕たちと同じ服に着替えてもらおう」


 彼女と共にオークと戦っていた男が口を開いた。

 

「そうですね。その方がいいと思います」

「言われてみれば、たしかに不自然かもしれない」


 メリルも男も革製の自然な風合いの服を身につけている。

 それに対して、俺の装備は戦闘意欲全開に見えそうな代物だった。


「案内するからついてきてくれるか」

「それじゃあ、行きますかね」


 仲間の男に案内されて、寝泊まりしたのとは別の民家に入った。

 中に進むと似たような構造で、ここは生活感がなさそうな雰囲気だった。  


 机や椅子の類は置かれているものの、部屋の隅には埃が目立つ箇所があり、物置として使われているように見えた。


「さすがにオーク一体では監視の目は行き届いてなくてね。武器や装備品はこの部屋に隠してあるんだ。ちょっと待ってくれよ……よっと」


 彼は床板を何枚か剥がすと、中から大きめの木箱を取り出した。


「なるほど、そんなふうに隠してあるのか」

「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はターナーだ。よろしく」

「メリルに聞いたかもしれないけど、俺はカナタ。こちらこそよろしく」


 ターナーはこちらに笑顔を見せてから、木箱を開いた。


 中には彼やメリルが使っていたものと同じような剣が数本。

 それから、彼らが着ているものと同じ服が入っていた。


「その装備は価値のありそうなものだけど、よければここで預かっておくよ。この近辺ではお金に換えることもできないし、誰も盗まないから心配はいらない」


 ターナーは信頼できそうな真っ直ぐな瞳をしている。

 盗まれる心配がないわけではないが、目立つ格好をして周りを巻きこんでしまうことの方が気がかりだった。


 俺はミスリルの胸当てと鎖かたびらを脱ぎ、ターナーに手渡した。

 そして、彼から受け取った革製の茶色い服を上下に身につけた。


 ズボンを重ねるのは苦しいので、履いていたものは彼に預けた。

 最初から身につけていたのは下着だけになった。


 革製の服は独特の匂いがするものの、着心地はわりと快適だった。


「ところで、剣はどうする?」   

「それは不自然じゃないから、そのまま身につけておいて構わないさ。もしもの時に身を守れなくても困るからね」

「まあ、それはたしかに」 

  

 というわけで、装備品に変更があった。


 ・護身用の剣

 

 ・革製の服(上下)



 攻撃から身を守る性能は下がったものの、周囲の環境に溶けこむには無難な選択だと思えた。

 着替えを終えてから、俺たちはメリルのところに戻った。


「ちょうどいい大きさがあってよかったです」


 メリルは俺が身につけた服を見て言った。

 

「これで少しは目立たなくなればいいけど」

「伝え忘れていたが、もし防具が必要な時がきたら言ってくれ」

「どうだろう、しばらく身につけることはないのかな」


 俺たちが話していると何人かの村人が近くにやってきた。

 年齢性別は様々で一人の老人が代表するように口を開いた。 

 

「皆、オークにこき使われて大変でした。これでようやく、自分たちの畑を耕すことができますわい」

「カナタ、こちらが村長です」


 メリルに紹介されて、老人が村長だと分かった。

 雰囲気でそれっぽい気がしていたが、あえて口には出さなかった。


「村長、モンスターに逆らったと知れたら、何か仕打ちがあるんじゃ」


 村人の一人が不安そうな様子で言った。


「あのまま強制労働を続けていれば、村が先細りになるのは目に見えとった。遅かれ早かれ衰退していったじゃろう」

「それはたしかに……」

「ここにいる黒髪のお方は、いつか伝承で聞いた勇者ではなかろうか。もしそうならば、ここいら一帯を支配から救ってくださるやもしれん」

 

 ……勇者だって? 急に話が飛躍しすぎじゃないだろうか。

 俺は口を挟むべきか考えていた。


「輝きを放つ防具と見事な魔術。勇者様がやってこられたのか」

「うむ、きっとそうだ。そうに違いない」


 村長のその一言に村人たちがざわつき始めた。

 彼らは不安というより期待を感じているような雰囲気だった。


「あなたは勇者だったの?」

「……いや、それは何とも」


 メリルの質問に上手く答えられなかった。

 真っ正面から否定してしまうと、村人たちの気運に水を指してしまいそうだった。


「二人とも聞いてほしい。元々、メリルが他の町へオーク討伐の連絡をする予定だったが、カナタも一緒に行ってほしい」

「わたしもできればそうしてほしいです。他の地域にはオークよりも危険なモンスターがいると聞きます。あなたがいれば心強いです」


 メリルとターナーは期待のこもるような目を向けていた。


「……わかった。このまま村にいてもどうにもならないし、彼女に同行する」

 

 ウィリデへの帰り方が分からないままだが、ここで得られる情報は限られているはずだ。それに彼女に協力するのも悪くない。


「ありがとうございます。もう少ししたら出発するので、いる物があれば準備に取りかかってください」


 メリルはそう言ってくれたが、特に必要な荷物はなかった。

 

 俺は預けた防具一式のことを気に留めながら、彼女と共に村を出発した。

 

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