情報収集を始める
カナタは冒険者を名乗るハンクという青年と別れた後、店を出て町の中を歩いてみることにした。
ニノの父親に外出することを告げると、彼は快くカナタに応じた。
カナタは記憶が明瞭とはいえ、見ず知らずの土地にいることにいくらか不安を覚えていた。
魔法を駆使すれば護身に困ることはないとしても、今後について考えるのは当然のことだろう。
出会ったばかりのニノの家に何日も厄介になるほど、カナタは厚かましい性格ではない。
カナタが食堂兼宿屋から外に出ると、夕暮れの涼しい風が頬を撫でた。
顔見知りがいるわけでもないので、特に行く当てもなく歩き始める。
ここデルナンの町は辺境であるか、あるいはメルツ共和国という国自体の規模が小さいのか分からないが、お世辞にも栄えているとは言いがたい雰囲気だった。
それ自体は悪いことばかりではなく、ニノ親子を含めて穏やかなところは他の地域から来た者を和ませるのではないだろうか。
「とりあえず、ウィリデから離れた場所なのは分かった。すぐに戻れるわけでもなさそうだし、これからどうするか」
カナタは短い時間で町の中を一周し終えると、ニノ親子の宿の前に戻ってきた。
建物の雰囲気、人々の髪色、見た目などから、ずいぶん離れた土地に来たことだけはひしひしと分かった。
命がけで魔女を倒すことに成功したようだが、見ず知らずの場所で先を見通すのは難しい。
入念な準備をして、初めて異世界に来た時とは状況が異なる。
「途方に暮れたところで、どうしようもないか」
カナタは先の見えない状況を振り払うように、
宿屋の扉を開いた。
それから翌朝。
カナタは宿屋で目を覚ました後、見慣れぬ天井に戸惑いを覚えた。
やがて十分に意識が覚醒すると、昨日の出来事を思い出した。
「そうだった、ここは……」
ベッドから身体を起こして、洗面台へと向かう。
水桶の水で顔を洗い終えたところで、正面に置かれた鏡に目を向ける。
「……この程度で済んだと喜ぶべきなんだろうな」
黒い髪は見る影もなく、染め上げたような白髪。
シモンの話では生命力を代償に強大な力を発動できるらしい。
そう聞かされたものの、急激な体力の低下や痛みがあるわけでもない。
明らかなのは髪の毛の変色だけだった。
「考えても仕方がないか。まずは朝食を食べに行こう」
身体的な変化に不安がよぎったが、それを振り払うように考えを中断した。
カナタは身支度を整えてから宿の部屋を出た。
部屋の前の廊下を歩いて階段を下りていくと、一階の食堂部分に向かった。
「おはようございます」
「……おはようございます」
ニノの父親が明るくあいさつをしてきた。
カナタはまだ十分に目が覚めておらず、少しくぐもった声であいさつを返した。
「昨晩はよく眠れましたか?」
「思ったよりも疲れていたみたいで、熟睡できました。あとはベッドが清潔で寝心地がよかったので」
「うんうん、それはよかった。朝食を用意しているから、適当な席に座ってもらえますか」
「あっ、はい」
カナタは近くの席に腰を下ろした。
朝ということもあり、他の宿泊客と思われる者たちが数人いるだけだった。
昨日の夕食時と比べたら空いている。
「はい、どうぞ」
カナタがぼんやりと視線を漂わせていると、ニノの父親が皿を運んできた。
テーブルに置かれたそれの上には、ごつごつした手作り感のあるパンと燻製肉のようなもの、見たことのない果物を切ったものが乗っている。
「いただきます」
カナタはテーブルの脇に置かれたナイフとフォークを手に取って、食事を始めた。
思いのほか空腹だったようで、皿の上の料理がどんどん彼の胃袋に収まっていく。
「ごちそうさまでした」
メリルたちと行動を共にしてからは、食事に贅沢を言える状況ではなかった。
昨日の夕食も含めて、美味しい料理にありつけたことに喜びを覚えるカナタだった。
「うん、いい食べっぷりだ。おかわりはどうですか?」
「いえ、そこそこ満腹ですので」
「そうそう、これを食後によかったら飲んでください」
「ありがとうございます」
ニノの父親はテーブルにカップを差し出すと、食後の皿を回収していった。
カナタはカップに入った飲みものを口に含む。
「……これは何だろう。ハーブティーみたいなものかな」
それは素朴な香りで、ほどよい温かさが心地よく、飲みやすい味だった。
彼はそれをすすりながら、この後のことに意識を傾けた。
「ふぅ、終わった終わった。今朝の仕事はこれでほとんど仕舞いだ」
カナタが物思いに耽っていると、ニノの父親が席に近づいてきた。
店の様子と本人の言葉から、休憩に入ったように見えた。
「……お疲れ様でした」
「そういえば、名乗るの遅れました。私はアントと言います」
「俺はカナタです」
ニノの父親はアントという名前のようだ。
カナタの名前を聞いて、少し驚いたような顔を見せている。
「珍しい名前ですね。遠い異国の出身で?」
「まあ、そんなところです」
「昨日、ハンクさんと話されていましたが、冒険者について知りたいのですか?」
アントの唐突な質問にカナタは驚きを隠せなかった。
誤魔化すようにカップを口につけた。
「異国から来たものですから、働き口を探してまして」
カナタはそれとない返事を返したところで、「魔法使いとして」という文脈で話せば望む情報が手に入る上に、ここまでの話に齟齬が出ないと気づいた。
「なるほど、それはそれは。昨日、そちらは魔法使いとお聞きしましたが、冒険者になるのが手っ取り早いと思います」
「……やはり、そうですか」
カナタは冒険者=地べたを駆け回り、汚れ役も厭わないようなイメージがあり、自分には不向きであると捉えていた。
そのため、難しい表情で固まっている。
「冒険者になるのを望まないのであれば、魔法使い同士の寄り合いみたいなものがあります。そこはそこで冒険者ギルドとは別の役割があるはずです」
「なるほど、そんなものが……ところでそれはどこに行けば?」
「この町にはないので、もう少し大きな町へ行く必要があります。案内はできないですが、地図でよければ用意しますよ」
「それで事足ります。お願いできますか?」
ウィリデにも魔術組合があったことを考えれば、そういったものが他国にあってもおかしくはないだろう。
カナタの顔には希望の色が浮かんでいた。
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