風格のある冒険者
できれば肉が食べたかった……などと思いながら、カナタは食事を始めた。
まだ温もりの残るパンをちぎっては口に運び、熱々のスープをすする。
ナイフとフォークで身を切り分けて、名前の分からない魚をじっくり味わう。
目覚めた時から空腹感があったため、どの料理もずいぶん美味しく感じた。
ニノがモンスターに襲われたことは本人にとっては災難だったが、それをあっさり助けて食事にありつけたのだから、カナタにとって幸運だった。
同じ状況が千回あったとしてもマナが残っている限り、あのモンスターは彼に傷一つつけることすら叶わないだろう。
もっとも、カナタ自身は食事に集中しており、そんなことは忘れそうになっていたが。
第一陣を食べ終えるとカナタは少し遠慮して、パンとスープのおかわりを頼んだ。
魚のグリルもなかなかの味だと思ったが、タダで二匹目をもらうのは抵抗があったのだ。
「いやー、お腹いっぱいだ」
カナタは食事を終えると、満足そうに口にした。
ニノの父親が食後にどうぞとビールのようなものを出してくれたので、それを飲みながらくつろいでいる。
元々は一介のサラリーマンでしかなかった彼だが、ウィリデへの侵攻を目論んだカルマンとの戦い、メリルたちと戦線を駆けた経験を経て、それなりに観察眼は養われていた。
店の中にいる一般人らしからぬ者たちは、ニノの父親が口にした「冒険者」であると結論づけていた。
それが分かったところで聞きこみをする気にもならず、のんびりしているというわけだ。
「――失礼するぜ」
「……ああっ、はい」
同じテーブルの空いた席に見知らぬ男性がやってきた。
その風貌からして、彼も「冒険者」だと思われた。
緑がかった色の短い髪の毛と野性味を感じさせる鋭い両目が印象的だった。
「この辺じゃ見ない顔だな」
「……今日、こっちに来たばかりで」
「おれはハンク。Bランク冒険者だ。自分を鍛えるために各地で依頼をこなしてる。あんたは?」
ハンクと名乗った男性は遠慮のない性格のようだった。
そんな彼の様子に面食らいつつ、ビールで上機嫌だったカナタは口を開いた。
「俺はカナタ。魔法使い? みたいな者です」
「いや、たしかに冒険者には見えねえな」
ハンクは首を傾げながら、じっとカナタに視線を向けていた。
何かが腑に落ちないといった様子だ。
「……何か気になることでも?」
「いや、あんたから腕が立ちそうなやつの気配を感じるんだが、それだけの魔法使いがいたら、この辺りみたいな田舎なら知れ渡ってそうだと思ってな」
「ああっ、なるほど」
カナタはハンクの言わんとすることを理解して、言葉を付け足した。
「……買いかぶりすぎですよ。そこまでの者じゃないんで」
「ほう、そうか」
ハンクはカナタの言葉に納得できていない様子だった。
一方のカナタはこの土地の強さの基準が分からないため、単純に自分がどれぐらいの位置に該当するのか分からなかった。
魔法で身を守れる彼にとって、強さについてよりも聞いてみたいことが浮かんだ。
「この辺りの治安はどうなんです? 冒険者というものに需要があるなら、危険なモンスターがいたり、小規模な戦いがあったりしそうですが」
「えっ、あんた、どこから来たんだ……。まあ、事情があるだろうから、身の上は聞かねえよ。それで治安だが、わりといい方だ。危険なモンスターはたまに出てくる。昔、大規模な戦乱はあったんだが、今は平和なもんだ」
「なるほど、だいたい分かりました」
「ああっ、それとこの国の隣にベルンって国があるんだが、そこには近づかない方がいだろうな」
「……ベルン? 何かあるんですか?」
ハンクはカナタの質問を受けて、きょとんとした顔を見せた。
それぐらいに当たり前のことなのだろう。
「周りの国に比べたら治安はよくないし、腕の立つ危険人物がわんさかいる。そう聞いただけで、行きたくなくなるだろ?」
「それはそうですね」
カナタはこの世界のことをもっと知っておく必要があると再認識した。
魔法で身を守れる自負があったとしても、場慣れしていそうな冒険者が気をつけろという土地があるならば警戒すべきだろう。
「あんた、何だか危なっかしいな。この辺だとランス王国に行くといいんじゃないか。治安もいいし、金が必要なら何かしら働き口はあるはずだ。平和な時代になって久しいが、腕の立つ護衛は必要とされているからな」
「なるほど、護衛の仕事が。それはいいことを聞きました」
「できれば王都の方まで案内してやりたいが、明日から依頼があるし、かなり遠いからな。宿の主人に地図を書いてもらうといい」
「そうします。色々とご親切に」
「大したことじゃねえよ。道中、気をつけてな」
ハンクは話を終えると、席を立って店を出て行った。
そのうちに夜になる時間だが、ここの宿には泊まらないのだろうか。
「ハンクさんは人当たりがいいですよね」
ニノの父親が声をかけてきた。
カナタとハンクの会話が終わるタイミングを見計らっていたようだ。
「あの人は宿に泊まらないんですか?」
「町の人の手伝いをしたら、家に泊まっていくように誘われたみたいで、今晩はそちらに泊まるみたいです」
「そんな世話焼きな人がいるんですね」
カナタは素直に驚いていた。
共に旅をしていたエルネスも面倒見がよかったが、誰かれ構わず助けるようなところはなかった。
彼はハンクという男が特別なのだと結論づけた。
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