リーフマン襲来

 美しい湖に面した町カセル。

 クルトたちは宿を探しながら町の中を歩いていた。


「この町にあるのは資産家向けの宿が多いからな」

「それはそれは、あんまり高くつかないといいですけど」


 彼らは他愛もない会話を交わしている。

 時折すれ違うのはカセルの住民らしき者か、裕福そうな身なりの者だった。


「皮肉なもんですね。財産が多いほどカルマンが攻めてきた時の被害は大きいのに」

「話をしたところで通じないだろうな。戦いが始まれば静養どころじゃなくなるのだから放っておこう」


 クルトはカルマンの異変に気づいてほしい思いもあったが、騎士や兵士でない国民は巻きこまれてほしくないとも考えていた。

 そのため、静養を楽しむ資産家たちに悪感情を持つことはなかった。


「……クルト、スイーツ」

「えっ、ヘレナ。どうかしたのか?」

 

 湖に面した道を通り過ぎると、民家や商店などが立ち並ぶ一帯が目に入った。

 クルトが彼女の視線の先をたどると、華やかな雰囲気の店があった。


「なるほど、あれのことか」

「うん」


 ヘレナは大きくうなずき、視線は店の方に釘付けだった。

 クルトはその様子を微笑ましく思いながら歩いていった。


「シモン、ヘレナがあの店に寄りたいみたいだから」

「は、はい、わかりました」


 シモンはややぎこちない反応を見せながら同意した。

 そして、三人は店の前に到着した。

 

 ファンシーな雰囲気の外装はクリーム色で統一され、大きな立て看板には「名店のアップルパイ」と書かれている。

 クルトが店の名前を確かめると、「ビアンカの菓子店」とあった。


「とりあえず、入ってみるか」

「うん、そうする」


 クルトとヘレナは店の入り口に近づいた。

 しかし、シモンは立ち止まって動かなかった。


「シモン、どうした? 君も食べていいんだぞ」

「お、おれはここで警備に当たります」

「……そうか、よろしく頼む」


 少々強引な言い訳に思えたが、クルトは聞き流した。

 エルフに緊張するのならウィリデには行かせられないなとも思った。

 

 都市部のレギナでも見かけることのない個性的な外観。

 店自体はそこまで大きくないので、数人の客がいて手狭に見える。


「ねえ、何にする?」

「私はアップルパイ」

「うーん、あたしはクッキーにしようかな」


 地元民か滞在中の者かは分からないが、若い女子たちがきゃぴきゃぴと品定めをしているところだった。

 クルトはそういった場面が得意ではないものの、ヘレナの満足のためならばと気を張っていた。


 当のヘレナはというと、机の上で棚に収まるスイーツたちに目を奪われている。

 クルトはそれを眺めつつ、外で待つシモンの分を選ぶことにした。


 

 買い物を終えて外に出ると、シモンの姿が見当たらなかった。

 クルトは焼き菓子の入った袋を持ちながら周囲に視線を向けた。


 すぐには彼の姿は見当たらず、クルトはその場から歩き出した。

 ヘレナも後に続き、まずは来た道を戻るかたちで進んだ。


 それから、湖が見える辺りに来たところでシモンの姿があった。

 クルトは彼が何をしているのか確かめると、その近くに異様な姿が目に入った。


「ヘレナ、これを頼む」


 彼は袋をヘレナに手渡して、シモンのいる場所へ駆けた。

 合流すると、すでに決着がついているようだった。


「シモン、無事か?」

「……ええ、大丈夫です。こっちの方から悲鳴が聞こえて」


 シモンの言葉を聞いて、クルトは周りに目を向けた。

 幼い子どもや女性が肩を震わせている。


 クルトは異様な何かの正体を確かめることにした。

 地面に横たわるそれは初めて見る姿かたちをしていた。

 

 全身をたくさんの木の葉に覆われており、手と足は人のそれに近い。

 頭部と胴体の判別は可能なものの、人間といえるような生物ではない。

 

「これ、リーフマンだと思います。こんなところで見かけるとは」

「君はこれを知っているのか?」

「動物というより魔物の類になると思います。普通は夜の森に出るんですけど、どうしてこんな真っ昼間に、しかも人目のつくところへ」


 シモンは不思議そうに首を傾けていた。

 二人が話していると、遅れてヘレナも合流した。


「あれ、リーフマンが死んでる」

「ヘレナも知ってるんだな」

「大森林にもいるから、でも今は昼間なのに変なの」


 シモンとヘレナの二人はこの奇妙な生物――彼の言葉通りならば魔物のことを知っているようだ。

 クルトは動かないことを確かめてから、全身を覆うたくさんの葉に触れた。


 何の変哲もない木の葉だった。

 彼が生まれ育ったレギナは都市化が進んでいるため、魔物の話は子どもを怖がらせる手段の一つに過ぎなかった。それぐらい現実的ではなかった。


 しかし、今彼の目の前で横たわっているのは魔物の一種だという。

 コダンにいたアーラキメラも、魔物のようなものだとクルトは振り返った。

 

「どうもどうも、この町の町長です。静養中のお客様の危険を助けていただいたそうでありがとうございます」


 三人がリーフマンについて話していると、メガネをかけて白髪をはやした身なりの整った男性がやってきた。クルトはその姿に見覚えがあった。


「町長、騎士のクルトです」

「おおっ、これはクルト様。クルト様がやられたのですか?」

「いや、僕ではなくて、共に旅をしている彼がやってくれました」


 クルトはシモンに視線を向けて説明した。

 シモンは大雑把な動きで町長に頭を下げた。

 

「これはリーフマンというそうですが、町によく出てますか?」

「いえ、湖の向こうの山にいると聞いたことはありましても、実物を見るのは生まれて初めてです」


 クルトは町長の話を聞きながら、頭の中で内容を整理していた。

 皆一様にリーフマンが出たことを珍しいと話している。


「幼い頃に、夜の山にはリーフマンが出るから入るなと聞いておりました」

「これまでに被害はなかったですか?」

「いえ、目立ったものは特に……。ただ、山で行方不明になったままの者がたまにおるのですが、そうなった場合の何割かはリーフマンに襲われたらしい……そんなような噂は耳にします」


 クルトは被害が出ているようなら、山に入って調べてもよいと考えていた。

 しかし、町長の話を聞く限りでは、具体的な被害はなさそうだった。


「時間に余裕があれば、あの山を調べに行くこともできるのですが、今回は急ぎの旅なので、すぐに手助けができなくて申し訳ありません」

「いえいえ、クルト様にそこまで言っていただくなんて、こちらこそ申し訳ないです。今回が特別なことだったので、町の者同士で警戒して対処するようにします」


 町長はにこにことした表情で深々と頭を下げた。


「ところで、今日の宿が決まっていなくてですね。よろしければどこか紹介して頂けますか?」

「ええ、かまいません。おすすめの宿をご紹介します」


 町長に先導されて、クルトたちはその場を後にした。

 リーフマンの遺骸は町の物で処分するという話だった。

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