湖の町カセル
エスラを出た一行は、次の町に向けて移動を続けていた。
この辺りまでレギナから離れると街道の人通りはまばらで、彼らとすれ違う人の数はだいぶ少なくなっていた。
「結局、あの男が何をしようとしたのか、分からないままだ」
「おれには後先考えずに剣を振るうタイプに見えましたよ」
シモンの言葉から、クルトは剣を交わした者にしか分からないことだと思った。
「フォンスが動かないのを見越して好き放題やっていたようにも思えたが」
「……それもありますよね。こうなると内通者の可能性が濃いってもんです」
シモンはいつも通りの飄々とした様子で話した。
その話を聞きながら、クルトは一つの可能性に気づいた。
「あの男と仲間が逃げたのが同じ方角なら、次の町でも危険が……いや、その可能性はそこまで高くはないか」
「エスラの次はどんな町なんですか?」
「カセルという町だ。小さな湖があって、レギナから休養に訪れる者がいる場所だ。特に裕福な者が中心ということもあって、比較的警備が厚い。それに私兵を雇っていることもある」
最後に訪れたのはずいぶん前のことで、クルトの記憶はあいまいだった。
彼の中では金持ちがふんぞり返っているところという印象が強い。
「いいな、湖! わたし見たことない」
「珍しいじゃないか。そんなにはしゃいで」
ヘレナが会話に加わってきた。
どうやら、彼女は湖に興味があるらしい。
「聞いたことがあるだけだったから、行ってみたい」
「通り道だから寄ることもできる。楽しみが増えてよかったじゃないか」
シモンは未だにエルフ緊張症が克服できず、ヘレナが近くにいると様子がおかしくなるか、無言になることが多い。
彼のことを理解しつつ、クルトは負担をかけないように見守っていた。
「どんなところなのかな。クルトは行ったことある?」
「あ、ああっ、一応何度か」
クルトは何度か見回りに行っているが、湖で保養したりはしなかった。
そのため、おすすめスポットなどを聞かれても答えられない。
「湖といえば?」
「……湖といえば?」
「魚とか美味しそうだよね」
「あ、ああっ、マスが釣れると聞いたことがある」
案の定、答えに窮する質問が向けられた。
クルトは騎士としては優秀で、見た目も悪くないのだが、ストイックすぎて話題が少ないところが玉に瑕(きず)だった。
「マスもいいけど、スイーツが食べたいの」
「レギナにもあっただろう」
「うん、レギナは物価が高いからあんまり食べられなかった」
ヘレナは少し寂しそうな声でいった。
豪邸を買うために節約していたのだろう。
そんな彼女を気の毒に思ったクルトはある思いつきをした。
「カセルで売っているか分からないが、もしあればご馳走しよう」
「えっ、ほんと! すごくうれしい!」
「危険な旅に付き合わせてしまったから、それぐらいかまわない」
コダン、エスラと宿代が浮いたので、ここまでクルトの出費は少なかった。
カセルのスイーツ店が観光地価格だとしても、余裕で支払える金額なのだ。
ヘレナは浮かれ気分になったようで、軽い足取りで進んでいった。
その後ろにいるクルトとシモンは並んで歩いている。
「おれも大活躍なので、何かほしいです」
「君を雇うためにけっこうな出費だったぞ」
クルトは思わず苦笑いをした。
彼を探検者組合で雇う際に、かなり価値のある宝剣を手放している。
「そうはいっても、コダンでは助けられたからな。カセルで何かほしいものがあれば伝えてくれてかまわない」
「太っ腹ですね。おれは肉が食べたいかな」
シモンは呑気な調子でいった。
あれだけの強さを秘めながらも普段はのんびりしているので、クルトは彼のことを不思議に思っていた。
「素朴な疑問だが、君はどうしてそこまで強い。比べるまでもなく、フォンス内なら最強は間違いない。それなのに探検者組合で依頼を受けていたのはよく分からないところがある」
「核心は企業秘密ですけど、おれが生まれ育った地域はここら辺よりも戦乱が激しくてですね。弱ければ生き残れないそんな環境だったんです」
シモンは何かを懐かしみながらも、少し悲しげな表情を見せた。
クルトはそれを目にして、複雑な事情があるのだろうと察した。
「そうか、君から見ればこの辺りは平和な部類に入るな。大規模な戦いは数十年間起きていない。これまでは危険なのは盗賊ぐらいだった」
「比べても仕方がないってもんです。戦いは起きるべくして起きてしまうもの。もちろん、ないに越したことはありませんけど」
彼の達観したような目を見て、クルトは底知れなさを改めて知った気がした。
心強い味方であると共に、人として魅力を感じるようでもあった。
「君やヘレナがいなければ、こうしてカルマンを偵察に行こうという気にもならなかっただろう。それに一人でどこまで行けたものか」
「ははっ、やめて下さいよ。今生の別れみたいに」
シモンは軽い調子で笑った。
その様子を見てクルトも微笑みを浮かべた。
三人とも丈夫で体力に余裕があったので、移動は順調に進んだ。
昼下がりと夕方の合間には、カセルに到着することができた。
ここまでの道中では、平地に畑や水田という風景が多かった。
しかし、町の中へ入ると、風光明媚な景色が広がっていた。
街道から町への入り口があり、そのまま道なりに進んでいくと左手にさざ波の浮かぶ湖が水をたたえていた。そして、湖の奥には小高い山の緑が映えている。
これまでの町と比べて民家の数は少ないようだが、家屋よりも高級そうな作りのログハウス風の建物がちらほら建っている。
湖のほとりでは釣りをする人、椅子に座ってのんびりすごす人がいた。
「いやー、フォンスに来て初めて見る種類の町ですね」
「もともとは農業用に湖を水源にしていたらしいが、いつの間にか資産家の静養先のようになっていた」
シモンがいわんとするのは、レギナのような都市と郊外の農家以外の町を見るのが初めてという意味なのだろう。彼は物珍しそうに周辺の様子を眺めている。
「……えっと、ふんふん。見える範囲だけで護衛が二人はいますね」
「何、本当か?」
シモンに指をささないように注意を受けながら、クルトは説明を聞いた。
周りが見渡せるように、岸近くに浮かぶ船に一人。それから、岸辺で釣り糸を垂れているのが一人。
その二人は間違いなく、それなりに手練の戦士だと気づいたらしい。
「それに加えて、町の警備があるなら、青い髪の男を足止めするぐらいはできるってもんです。ただ、あの男は感覚で動いているみたいなので、こういう守りは気づかれやすいと思います」
「少なくとも、カセルを襲撃する可能性は低いというわけか」
クルトはそれを聞いて胸を撫でおろした。
シモンがいなければ、刺し違えることでしか倒す可能性が望めない相手。
そんな相手に遭遇しないで済むのだから、彼が国民を守る役割を持つ騎士であっても責められないだろう。
もっとも、安心しながらも、彼はその先のことも考えていた。
「この先の町は二つ。先端の町は警備が多少厚いが、カセルの次の町に向かっていなければよいが」
「うーん、どうですかね」
シモンは何かを考えながら話し始めた。
「ここに来る途中で馬の足跡がなかったので、街道を避けて通っている可能性が高い気がします」
「そうか、街道を使わずにカルマンへ戻ろうとしたのか」
クラビリスの獣道へ通じる方角か。
もしくはそれ以外のルートを使った可能性もある。
そうなれば、必然的に町を通らずにカルマンへ戻っていくはずだ。
クルトは深く息を吸いこんで、湖とその周りの景色を眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます