ドワーフたちの頼みごと
出撃する全員が準備を終えると町を出発した。
メルスの町に残るのは最低限の人数で、それ以外は戦いに向かうことになった。
クルトとフォンスの兵士たち、それにエルフたちは馬車で移動している。
ウィリデからきた俺たち四人とシモンは馬に乗っていた。
前回の反省を生かして、弓による攻撃を警戒することが共有されていた。
もっとも、防衛地点でかなりの数のカルマン兵を撃退したせいか、国境へ向かう道に敵の気配は全く見られない。
少し拍子抜けするような気持ちになりながら進軍を続けた。
馬車のエルフたちは何やら盛り上がっていたが、それ以外の仲間はほとんど口を開くことはなかった。
緊張した空気のまま、国境の目印である二つの岩がある場所までたどり着いた。
「……今まではこの辺りに張ってることが多かったんですけど、今は何の気配もないですね。後方の本隊に引き上げたと考えていいのか」
シモンが顎に手を当てながら何かを思案していた。
何気なく周囲を見やると、エルネスとヘルマンは辺りの様子を観察しており、クリスタは眠たそうにあくびをしていた。
俺は戦いに関しては全くの素人なので、シモンやクルトの出方に従うつもりだ。
そのため、シモンが結論を出すまで様子を見守ることにした。
俺が乗っている馬は静止することを嫌がるので、辺りを歩かせながら次の指示が出るのを待つ。所有権はないものの、乗り慣れたことで愛馬になりつつある。
今のところ敵の気配はないが、隙を見せたところを狙われるのはたまったものではないので、それとなく辺りを窺うことは続けていた。
以前、エルネスが武器を持った相手との近距離戦が魔術師にとって危険だと話していたが、遠距離から弓で狙われるのも十分危険だと感じている。
弓矢の攻撃をかわしたり、手持ちの武器で防御したりするのは漫画の世界で、実際に狙い撃ちされたら対処するのがむずかしい。
魔術は無敵だと考えていたものの、弓兵とは相性が悪いところがある。
そんなことを思いながら馬を歩かせていると、シモンから伝令があった。
「おれが先頭で索敵しながら進みます。カナタたちは少し後ろからついてきてください。何かあれば合図します」
「はい、わかりました」
シモンが先を進むかたちで再び出発した。
国境を越えていよいよカルマン領に踏み入る。
この辺りで二度も敵を見ているので、自ずと手綱を持つ手に力が入った。
シモンの言葉通り近くに敵の姿はなく、彼が淡々と進んでいる状況だった。
それでも、いつでも魔術を発動できるように準備だけはしておいた。
敵が潜んでいる可能性があるというのは、ホラーゲームで感じるようなドキドキ感に近いものがあるような気がする。
もっとも、ゲームで死ぬことはないが、戦いでは気の緩みが死を意味する。
ウィリデやエルネスたちへの恩返しで援軍にきたものの、いつ死ぬか分からないことを日増しに実感しているので、こういうことは今回だけにしようと思った。
戦いに身をおくと、自然と死生観やら自分の命の大事さについて考えるものなのだと知ることもできた。人間は簡単に死ぬということも。
国境の先はどうなっているのか気になっていたが、通ってきた道とかわり映えしない景色が広がっていた。
今のところ、道の脇に草木が生えた砂利が前方に続くだけだった。
さすがに国境から近すぎる場所には町や村は見当たらなかった。
二つの国が対立関係にあったことを考えれば、当然といえば当然だ。
俺は馬を走らせながら一つの疑問が浮かんだ。
近くで並走していたエルネスに聞いてみようと思った。
「エルネス、この戦いにフォンスが勝ったらどうなりますか?」
「……むずかしい質問ですね。クルトの方が正確な答えを知っていると思いますが、カルマンが攻めてこれないようにするのは間違いないでしょう。それが降伏させるのか、友好的なものになるのかわかりません」
「なるほど、そうですか」
彼のいうことは納得できるものだった。
ただ、フォンスとカルマンが国交を結ぶことは考えにくいと思った。
あるいは、ドワーフのリカルドのような良識を持った人が多数派になれば、もう少し温和でまともな国になるような気もする。
しばらく同じペースで進んだところでシモンが馬を止めた。
俺は何事かとエルネスと顔を見合わせた。
自然と緊張が高まるが、周囲に異常は見られない気がした。
「……あれ、あの人たちはドワーフ?」
道の脇からずんぐりむっくりの体型をした人たちが出てくるのが目に入った。
「――ちょ、ちょっと、待った!!」
シモンが剣を抜こうとしたので慌てて声をかけた。
愛馬はこちらの心情を察するように、前方へ駆け足で近づいてくれた。
「……カナタ、何やら出てきたので」
「この人たちはカルマンの国民だと思いますけど、悪い人たちじゃないはずです、多分」
リカルド以外のことは知らないので確信が持てなかった。
あと、ドワーフたちがカルマン兵に装備品を供給していることは無視できない。
「……フォンスの者たちか」
ドワーフの一人が声を出した。
赤色のごわついた髪と伸びた髭が印象的だった。
「まあ、そんなところです」
そうではない俺が答えあぐねていると、シモンが返事をした。
二人で向かい合っているうちに、エルネスたちも駆けつけてきた。
「――うわっ、生ドワーフ初めて見たかも」
クリスタが不躾な発言をしたが、ドワーフたちは意に介さないようだった。
ふと、最初に声をかけてきたドワーフが宝飾と鎖のついた手鏡のようなものを持っていることに気がついた。
「私はオラシオ。カルマンに酷使されるドワーフが増える一方だったので、危険を感じて国を出た。そして、これは我らの秘宝の善人の鏡。心根が平和で澄んだ者を知ることができる。もっとも、カルマンでは何の役にも立たない代物だがね」
「伝承でしか聞いたことがなかったですが、実物を見るのは初めてです」
エルネスが驚いたような反応を見せた。
「あんたらの中に鏡が反応する者が複数いたので、危険を顧みずに茂みから出てきたんだ。その様子からして、カルマンとの戦いに赴くんだろうね」
「それで、ドワーフの人たちがどんな用事が?」
シモンは先へ進みたいようで、せっかちな様子でたずねた。
「無理は承知で頼みたいんだが、カルマンに残っているドワーフたちを助けてやってくれないか。仲間たちは今も武器や防具を作らされている。あいつらが製造をやめれば、カルマンは大打撃を被る。ただ、それをするには、監視している兵士たちを倒してもらう必要がある」
そう聞かされて、俺やエルネス、シモンは互いの顔を見合わせた。
少なくとも、俺は無茶な依頼だと感じた。
「話は聞かせてもらった。それでカルマンの息の根を止められるのなら、その頼みを叶えようじゃないか」
いつの間にか、クルトが馬車を下りて様子を見にきていたようだ。
「あんた、名は何という」
「フォンスの騎士、クルトだ」
「……クルト、いい名だ」
彼に反応しているのか、秘宝の鏡が輝き始めた。
「ここにいる連中に反応していたが、あんたがきたら一際反応が強くなった」
「なんだそれは、不思議な物を持っているな」
「善人に反応する鏡らしいですよ」
シモンの説明にクルトは興味深そうに頷いた。
「とにかく、先ほどの件は承知した。僕たちはそこへ向かうとしよう。場所が分からないから、君もついてきてくれるか」
「ああっ、私はオラシオだ」
「オラシオ、案内を頼む。それから、そこにいる君の仲間たちは僕たちの拠点に避難した方がいいだろう。まずは国境を越えた最初の町に行ってくれ。クルトと行きあったと話せば問題ないはずだ」
俺たちはドワーフの仲間たちを助けに行くことになった。
敵の中枢に近づく気がするが、一体どうなるのか分からなかった。
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