未知の脅威

 日没が迫り、周囲の暗がりは濃くなっていた。


 グールがいたことが分かったのは大きな収穫だった。

 しかし、倒したものが全てと限らない以上、予断を許さないように思えた。


「新たなグールがやってきたら危険だ。ひとまず、砦の中に戻ろう」


 オーウェンが全員に向けて指示を出した。


「もうちょっと戦ってもよかったけどな」


 リュートは誰にともなくぼそりと言って、砦の中に戻ろうした。

 

 俺もそれに続いてこの場を後にすることにした。


「――あ、あれは、いや、気のせいか……」


 一人の戦士が裏返りそうな声で言った。


「おいおい、変な声出すなよ。一人前の男としてカッコ悪いじゃないか」


 もうひとりの戦士は茶化すような様子で笑っている。


「そうだよな。トドメを刺したのに死体が動くわけない」

「……んっ、もしや」


 彼の言葉を聞いたオーウェンが足早にグールに迫った。


「おい! すぐにグールの首をはねてくれ!」


 オーウェンがそう叫んだ直後、息絶ったはずのグールの腕が彼の足を掴んだ。


「ちっ、オーウェン!」


 俺と同じように気づいたリュートが流れるような動作で槍を投げた。


 グールは頭を貫かれてピクリとも動かなくなった。


「すまん、助かった」


 オーウェンは槍を回収すると速やかに彼に手渡した。


「まずいな。復活する前に首をはねておくべきだった」


 彼は後悔するような調子でため息をついた。

 

「なあ、オーウェン。グールについて何か気づいたのか?」

「手持ちの情報は限られているが、完全に息の根を止めない限りは復活すると聞いたことがある」

「そういうことか。とにかく、もう一度倒すぞ」


 リュートは軽やかな動きで長さのある槍をくるりと回した。

 

「今度は俺にも出番を下さい。相手の出方が分からないわけですし、近づかずに倒せる魔術が一番だと思います」


 得体の知れない存在であるため、無闇にグールに近づかない方がいいと感じた。

 

 火の魔術を発動させて、まだ距離の残る敵に向けて放つ。

 複数の炎が風を切りながら飛んでいく。


 グールの群れにサッカーボール大の火球が直撃すると燃え上がった。


「見事だ」

「効いたみたいでよかったです」


 俺が放った魔術でグールは壊滅状態になった。 


 しばらく様子を見ていると、燃え尽きた残骸が転がるだけだった。


「なかなかやるじゃねえか。心強いぜ」

「そいつはどうも。ここにいる分で全部ならいいけれど」


 今はこちらに有利な状況だったので、大した被害は出なかった。

 しかし、砦の中に市民もいる以上、彼らを守りながら戦わなければならない。



 俺たちは他に脅威がないか確認した後、イアンたちが待機する部屋に戻った。


「……イアン、いいか。少し話がある」


 オーウェンは部屋に入った直後、イアンを連れてどこかに移動した。

 おそらく、グールについての情報を報告するのだろう。


 俺は指令するような立場ではないので無闇に打ち明けられない。

 市民はもちろん、メリルを不安にさせることは避けたかった。


 しばらくして、何名かの戦士や兵士が集められた。

 俺とメリルもその中に含まれていた。



 薄暗い室内を松明の炎が照らしている。

 どの部屋も埃とカビの臭いがするが、この部屋の異臭はひどかった。


 俺は仲間たちと人の残骸があった場所に来た。


「私の指示ですでに物が被せてあるが、人の骨や臓物などが散乱していた」


 イアンがその場所を指差しながら話し始めた。


 ほとんどの仲間はすでに知っていることだが、初めてここに来た者は顔が青ざめているように見えた。


「オーウェン、続きを頼む」

「ああっ、承知した」


 イアンはオーウェンに話を引き継いだ。


「口で説明するより、実物を見た方がいいだろう。ついてきてくれ」


 オーウェンはこの場にいる全員を伴って外に出た。


 すでに日は沈んでおり、どこまでも続くような深い闇と静寂が広がっていた。  


「先ほどグールと遭遇して交戦状態に入った。それであそこに……」


 俺たちは歩いてグールの痕跡が残る場所に向かった。


 しかし、そこには何もなかった。


 火の魔術で地面が焼け焦げた跡が残るだけで、残骸はどこにも見当たらない。


「……たしかに倒したはず」


 言葉では形容しがたいイヤな感覚が全身を通り過ぎていった。

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