異世界でお金を得る方法
エルネスがイノシシを倒した後、二人で魔術組合に戻ることになった。
危険な野生動物と遭遇したことで、全身の緊張が今も続いている。
一方のエルネスはというと、涼しげな表情で俺の隣を歩いていた。
ちなみに彼がイノシシを担いで歩いているのに通行人は気に留めない様子だった。
そんなにありふれた光景なのだろうかと不思議に思いかけたところで、今いるのは日本でも地球でもないことを思い返して冷静になった。
二人で会話を交わすうちに目的地に着いた。
力仕事をしたエルネスよりも俺の方が何だか疲れていた。
「さすがに担いだまま中に入りませんよね」
「誰も盗りはしませんから、それにすぐに買い手が取りに来ます」
エルネスはそういって軽い調子で笑った。
イノシシがとれて上機嫌なようだ。
入り口の扉を開いて中に入る。
少し遅れてイノシシを下ろしてきたエルネスが続いた。
組合は閑散としていて、ミーナと呼ばれていたエルフの少女がいるだけだった。
すぐに彼女は俺たちの存在に気がついた。
「おかえりなさい、エルネス!」
「ただいま、デンスイノシシを一頭仕留めた。記録簿に書いておくれ」
「わかったわ、さすがエルネスね」
ミーナはクリーム色の何枚かに束ねられた書類を机の中から取り出した。
記録用の帳簿か何かだろうか。
「一頭で100ドロン、組合から受け取ることができます。ただそれは仕留めた分の報酬で、イノシシを売ったお金は別になります」
「魔術が上達したら、さっきみたいにイノシシを倒せるんですか?」
エルネスから丁寧な説明を受けて、お金を得られる方法を知ることができた。
せっかくなので、どうすればいいのか知りたくなった。
「うーん、どうでしょう。カナタさんが同じようなことをできるようになるには、もう少しマナのコントロールが必要ですし、デンスイノシシのように凶暴な動物相手なら威力の出る魔術が使えることは必須になります。そこまで焦る必要はないでしょう」
エルネスはやんわりと諭すように言った。
「……そうですか。何か収入につながるなら面白そうだと思ったんですけど」
「ふむっ、収入。カナタさんは客人として迎えられているので、こちらの通貨がなくても不便はないと思いますが」
彼は何かを考えるように顔に手を当てた。
「お客さん扱いでお金を払わずに飲み食いできて、宿舎にもタダで泊まらせてもらうのはなんだか悪いと思っていて、自分で稼いで払えるならそうしたいなと」
「なるほど、カナタさんは律儀な性格だ。良い国で育った証でしょう」
「いや、当たり前だと思うんですけど」
なんだか気恥ずかしい気分だった。
とりあえず、ほめられて悪い気はしない。
「デンスイノシシを相手にするのは危険なので、おすすめできませんが、例えば他の依頼ならもう少し安全です。そういうかたちでよければお手伝いしましょう」
「本当ですか、ありがとうございます」
エルネスの協力で異世界の仕事が始められる兆候が見えてきた。
希望の光が差したような心地になった。
「いえいえ、魔術の面でいけばカナタさんは弟子みたいなものですから」
彼が指示を出すと、ミーナが一枚の書類を用意した。
「ここは魔術組合とあるように、魔術師同士が協力するために作られたところです。カナタさんは異国の民とはいえ僕とのつながりがあるので、入会を咎められることはありません」
エルネスは簡単な説明をしてから、サインをするように促した。
あらかじめ予習してきたおかげで、文章の内容はだいたい把握できた。
古めかしい風合いのペンを借りて、夏井カナタと書き入れた。
「これは……読むことができませんが、カナタさんの国の文字ですか」
「あっ、普通に日本語で書いちゃった」
完全にうっかりしていた。
ちょっと恥ずかしい。
「これなら誰が書いたのかすぐに分かるので、問題ないでしょう」
エルネスはその書類をミーナに手渡した。
「そういえば、イノシシ退治よりも安全な依頼ってどんな感じですか?」
「例えばネズミなどの小動物が対象のものもありますし、他には食材の確保、植物の採取などもあります。今入っているものだと――ミーナ、今来ている分の依頼書を見せておくれ」
彼が頼むと近くで控えていたミーナが何枚かの書類を持ってきてくれた。
「へえ、ウサギ退治。面白いもんですね」
最初に目に入った依頼のタイトルがそれだった。
モグラやネズミならともかく、ウサギをやっつけてほしい理由が謎だ。
「なるほど、ミノルウサギの依頼ですか。あれは畑やその周りに穴ぼこを掘ってしまって、作物の育ちが悪くなるのです。よほどのことがなければ襲いかかってくることはないので比較的安全でしょう」
エルネスは笑顔で太鼓判を押した。
「えーと……俺一人で行くんですか」
魔術初心者マークの自分にできるのか不安だった。
それにここは日本ではないので、何をするにしても勝手が違う。
「本来なら独立を促すため、簡単な依頼には同行しないことが多いです。ただ、仕事がきっかけでカナタさんを負傷させるわけにもいきませんから、僕がついていきましょう」
「エルネス、この依頼早急にって書いてある」
ミーナが書類を見ながらいった。
書類を丁寧に確認してくれている。
「魔術の練習が中途半端でしたし、そう遠くない場所にあるので今から行ってみましょう。時間がかかるようなら僕も手伝いますから」
「いやいや、話が早いんですね。ここは腹をくくって行くとしましょうか」
エルネスの安心させようとする笑顔が少し不安に思えた。
場の流れ的に断れそうもないという理由もある。
「ミーナ、それでは行ってくるね」
「二人とも行ってらっしゃい」
微笑むミーナに見送られて、俺たちは魔術組合の建物を出た。
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