決戦の行方

 エルネスが駆けつけてくれたおかげで、戦いは優勢に傾き始めていた。

 ただ、魔王にどれだけのダメージを与えられたかは未知数のままだった。


 俺とエルネス、シモンは緊迫した状況の中、魔王と対峙している。


「カナタさん、マナの残りに注意してください」

「それはもちろん」


 見習いレベルを超える魔術を行使している以上、マナ不足はマナ焼け程度では済まないだろう。とはいえ、強敵を前にして余力を残せる自信はなかった。


「カナタ、そろそろ決着をつけましょう。魔王以外にモンスターが駆けつけたら生きて帰れません。長期戦は不利ってもんです」 


 シモンの弱気な発言は初めてだった。

 それぐらい状況がひっ迫しているのだろう。

 

 俺は正面の魔王を見据えた。


 魔術と光の剣で傷つけられるのなら、必ず倒せるはずだ。 


「シモン、そろそろ決着を着けよう」

「もちろんです」


 シモンは攻撃態勢に入り、地面を力強く蹴った。

 輝く流星のように魔王へ一撃を見舞う。


 彼の攻撃で魔王が身につけた甲冑は砕け散った。


「よしっ、今だ!」 


 急いで両手を掲げて、特大の火球を放つ。


 連続攻撃に成功して、こちらの魔術も魔王に直撃した。

 炎は大きく唸りながら、玉座を包みこんだ。


 回避する素振りはなかったので、魔王へのダメージは確実だった。


 白煙が立ち上り、それが晴れるまで様子を確かめられそうにない。

 反撃を警戒しながら、魔王の状態に注意を傾けた。


 やがて、煙が晴れると息も絶え絶えな魔王の姿があった。


「……やった、のか」

「どうでしょう、油断は禁物です」


 シモンの声は気を緩めるなと釘を刺すようだった。


 玉座に座ったままの魔王が正面にばたりと倒れこんだ。


「やけに簡単ですね」

「どうだろう、まだ何かあるのか?」


 シモンは警戒を解いていなかった。


 魔王はうつ伏せになったまま、身動きを取らない。

 これでもトドメを刺せていないというのだろうか。


 疑問に思いながら魔王を注視していると、ふいにその近くに少女が姿を現した。

 見覚えのあるその姿は広間で戦った白髪の少女だった。


 死んではいなかったと思うが、まさかこのタイミングで出現するとは。

 魔王に助太刀しようというのか、それとも何か作戦があるのか……。


 彼女の意図が読めず、出方を注視するしかなかった。


「カナタ、あの女の子は何か知ってるんですか?」

「魔術師みたいな存在だよ」


 シモンはこちらの言葉を聞いてから、光の剣を構え直した。


「先手を打たれる前に倒します」

「……ああっ、気をつけて」


 そんな言葉をかけることしかできなかった。


 シモンは再び地面を蹴って攻撃を仕掛けようとした。


 魔王に続いて白髪の少女が標的だった。

 この状況で少女だから討てないなどと言っていられない。


 勢いをつけたシモンの剣が彼女を正確に捉えた。


「……やったか」

「カナタさん、あの少女は一体」


 エルネスがこちらに近づいてきた。

 彼の質問には答えず、敵の状態に注意を向け続けた。


「――うっとうしい虫けらどもめ」 

  

 その声は空気を歪ませるような不快な響きだった。

 声の主は少女に間違いない。 


 彼女は魔術を発動するような素振りで、右手の指先を斜め上に指した。

 すると、少女の周囲の空間が歪み始めて、最も近くにいたシモンが吸いこまれてしまった。


「クソっ、シモン!」

「カナタさん、援護します」


 気がつけば反射的に身体が動いていた。

 俺はエルネスと同時に魔術を放った。


 しかし、少女にダメージは与えられず、睨み返されるだけだった。

 続いて彼女は両手を仰ぐように頭上に伸ばした。


「――っ!?」


 魔術が発動されると思って身構えたところで、俺とエルネスのところまでぐにゃりとスプーン曲げのように空間が捻じ曲げられた。


 

「……ここはっ?」

「さあ、気をしっかり」


 シモンに声をかけられて意識がはっきりしてきた。


 俺たちは魔王の居所にいたはずなのに、何もないのっぺりとした闇の中に立っていた。


「これはもはや、魔術とは言い難い」

「そうか、エルネスも」

「カナタさん、どのような芸当かは分かりませんが、異空間のようなものに引きずりこまれたようです」

「……異空間」


 不穏な響きだった。

 俺とエルネス、シモンは白髪の少女に何か仕掛けられたみたいだ。


 彼女は幻術を扱えるようなので、これは幻の類なのだろうか。


「とりあえず、このままではどうにもならないので歩きましょう」

「そうですね」


 エルネスが声を上げて、三人で不吉な闇の中を歩き始めた。

 何もない暗闇のはずなのに、言いようのないおぞましさを感じさせる。

 

 あの少女の狙いは何なのだろう。

 このまま行く当てもなく歩くしかないのか。


 思考のまとまりがつかないまま、二人と共に歩いて行く。


「オーウェンたちは大丈夫なのかな」

「どうですかね、元いた場所がどうなってるかは分かりません」


 俺がこぼした言葉にシモンが応えてくれた。


 魔術が使えない以上、あの三人だけでは全滅の可能性もある。

 どうか無事でいてほしい。



 時間と距離の感覚もないまま、三人で歩き続けた。


 すると、暗闇の中に白い光が浮かび上がった。


「……これは」

「一体、何なのでしょう」


 白地のスクリーンが浮かび上がるように何かの光景が映し出されていた。 

 

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