野盗を一蹴

 クルトたちは助けた女性の母親が営む宿で一夜を明かした。

 怪物との戦いと旅の疲れがあったようで、昨晩は三人ともすぐに床に入った。

 

 朝になって、彼らはコダンの町を出発した。

 娘は治療中で来られなかったが、別れ際に母親が何度も礼を述べていた。


 町を出て歩いていると、しばらくヘレナが上機嫌だった。

 普段は感情表現が控えめに見えるものの、今回ばかりは人助けをして、感謝されたことが嬉しかったように見える。


 シモンはいつも通りで飄々とした様子で歩いている。

 基本的に感情のアップダウンが少ない。


 そして、クルトはというと、この先の道のりを考えて気難しい顔をしていた。

 次の町エスラまではそれなりの距離がある。


 ただ、距離以上に彼の頭を悩ませていたのは、エスラにある娼館のことだった。

 根が頭の固い騎士であるため、クルトはその存在を受け入れきれずにいた。


 人間誰しも感情的に受け入れがたいものには近づきたくないものだろう。

 さらに少女に近い年齢のヘレナにいい影響がないと考えたのも大きかった。

 

 とはいえ、エスラを通り過ぎて次の街まで行こうとするのは不可能だった。

 馬を使えばそれも可能になるが、大幅な予算オーバーになる。


 それに行商人や馬を持つような大金持ちに伝手がない以上、現実的とは言いがたい。ようするに、エスラに滞在する他ないのだ。


「ヘレナはご機嫌だっていうのに、何かむずかしいことを考えてます?」


 彼の様子に気づいたシモンがいった。

 クルトはそれに曖昧な反応を返した。


「ああっ、そうだな……」

「先は長いですからね。悩みはつきないかもしれないですけど」

「君たちと共に戦うと決めたからな。なるべく負担が少なくて、いい環境ですごしてほしいと思うのは当然のことだろう」


 それを聞いたシモンは柔和な笑みを浮かべた。

 クルトはやや怪訝な顔になって彼に問いかけた。


「どうした、何かおかしかったか?」

「いや、クルトは真面目なんだなって」

「戦力がほしかったのは偽らざる本心だが、こちらの事情で戦いに巻きこむことは心苦しいと今でも思っている。本来ならフォンスの戦力で担うべき戦いだからな」

「たとえ、戦力にならなくても兵隊が揃うだけマシってもんです……」


 シモンはそうこぼすと、どこか遠くを見るような目をした。

 彼のうちに秘めた何かが見えそうな時があったが、深入りされたくないはずだと感じてもいたので、クルトは必要以上にたずねることをしなかった。


「……とりあえず、今気になっているのは、次の町エスラのことだ」


 クルトはシモンのことを見ながら、少し考え直すことにした。

 もう少し腹を割って話してもいいだろうと。


「エスラ? その町に何か問題があるんですか?」

「端的に言って娼館があることが気にかかる」

「なるほど、娼館があって町の治安が気になると」

「つまり、そういうことだ」


 クルトとシモンは探検者組合で会ってから、二人で話した時間が蓄積されることで意思の疎通がスムーズになり始めていた。


「ヘレナが心配なんですね」

「君は暴漢を返り討ちにしそうで、さすがに自分の身は自分で守れる」

「昨日のアーラなんとかの件でヘレナの強さがわかったじゃないですか」

「それはそれだ」


 二人が会話をする一方で、ヘレナは少し離れたところを歩いていた。

 そのため、自分のことが話題になっていると気づかないようだ。


「そういえば、レギナには娼館がなかったですね」

「さすがに国の中心で許可するわけにはいかなかったんだろう。お忍びでレギナから赴く有力者がいるらしいが、実際のところはよく分からない」


 クルトは大きくため息をついた。

 そんな時間があるのならば、すべきことは訓練や国防のことであり、重要な立場を持つ者の行為としてふさわしいのか疑問に思った。



 三人はコダンを出てから道なりに進んでいた。

 周囲には水田や畑、草むらが広がる光景が続いている。


 フォンス周辺は平野がほとんどで同じような景色が多い。

 郊外ほど、国が整備した水路を使って農業に従事する者が大半を占める。

  

 地方の農民は水路使用料で苦しい生活を強いられることがあり、一度カルマンが攻めてこようものならば、レギナの者たちよりも先に犠牲になる。

 

 クルトはこのことに不条理を感じていた。

 もっとも、一人の騎士にすぎない身ではどうしようもないことも理解していた。


 彼は英雄である父の影を追い続けた結果、フォンスの全てを救わなければいけないという過剰な使命感を負うことがあった。

 それは現実的ではなく、たびたび彼を苛むばかりだった。


 ただ、彼はシモンほどではないにしろ、剣の腕に優れ、フォンスで与えられた任をこなしてきた経験がある。

 彼の父オルドは勇猛にカルマンと戦った人物であったが、クルトは高潔な精神とそれを行動に移す面において優れた騎士といえる。


 クルトとシモンが会話をして、それに時折ヘレナも加わるという状態で歩いていると道の先に数人の男たちが立っていた。


「おい、そこのお前ら! 金目のものは全部置いていけ」


 全員が粗野な身なりで短めの剣を持っている。

 そのうちの一人が剣先を向けて喚いていた。


「……シモン、ここは僕に任せてくれないか」

 

 クルトは少し前からシモンやヘレナを戦わせすぎないようにと考えていた。

 それが影響して、盗賊らしき男たちを一人で撃退しようとしている。


「――ひと言だけ伝えよう、野盗を見逃すことはできない」

「お前、言葉が通じないのか! 金目の物をだせっていってるんだよ!!」


 男は興奮した様子で剣先を揺らした。

 地面を踏み鳴らして、クルトを威嚇するように睨んだ。


「……そうか、残念だ」


 クルトはそれだけ言うと、素早い動作で携えた剣を抜いた。

 正面に踏み出し、剣を下から振り上げる。


 キィーンと金属音がして、男の剣が勢いよく弾かれた。

 クルトはそのまま流れるような動作で足払いをかける。


 得物を失って呆気に取られていた男は簡単に引っかけられた。

 続けてクルトは男の肩に手を乗せると、相手の気の流れを弱めた。


 うつ伏せになっていた男はすぐに動かなくなった。

 クルトは油断することなく剣を構え、後ろに控えていた男たちに向き直った。


「どうする、全員を同じ目に遭わせることも可能だが」

「お、おい、殺されちまったのか!? まずい、逃げるぞ」


 盗賊と思しき男たちは息を合わせるように走り去っていった。

 クルトはそれを見て剣を鞘に収めた。


「ほう、見事な腕前で」

「茶化すのはやめてくれ、君の方が実力は上だ」

「クルトすごい。魔術が使えるの?」


 ヘレナが感心したようにいった。

 クルトはそれを聞いて少し照れくさく思った。


「魔術とはちょっと違うんだ。生まれつきこういうことが得意で」

「へえ、そうなの。この人、死んでないよね?」

「ああっ、そのうち目を覚ますと思う。見回りの時ならどこかで引き渡すこともできるが、今はそんな時間はない」


 クルトは男が持っていた剣を拾い上げた。

 そして、持ち主の鞘を奪ってそこに収めた。


「一人だけでは大したこともできないだろう。コダンはアーラキメラには抵抗できなかったが、自警団があることで野盗は来なかったみたいだ。この男があの町で悪事を働くことはないはずだ」

「ふーん、わたし初めて盗賊を見たかも」


 ヘレナは興味深そうに倒れた盗賊を眺めていた。

 怖がるような素振りは見られない。


「そうか、大森林に盗賊は少ないだろうからな。野盗や盗賊は存在しない方がいいだろうが、彼らも止むに止まれずというところはあるのかもしれない」

「君主みたいなセリフですね」

「シモン、あまりふざけるなよ」

「いえいえ、心からの言葉ですけども」


 シモンは薄い笑みを浮かべて、本心が読み取れない表情をしていた。

 クルトはそれを放っておいて、男を道の脇に移動させた。


「この先も野盗が出るかもしれない。二人とも気をつけてくれ」

「うん、わかった」

「はいはい、わかりました」


 盗賊を撃退したクルトたちは再び歩き出した。

 次の町まではもう少し距離が残っている。

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