氷魔術の習得 その1

 俺たちが駆けつけなければルースの身に危険は及んでいたはずなので、無事に助けることができてよかった。イノシシを罠から外すのに時間がかかるようなので、俺たちは先に宿の方へ戻ることになった。

 

 しばらく宿の前で待っていると、ルースがイノシシを引きずりながら歩いてきた。

 以前エルネスが捕らえたものよりも小ぶりだが、それでも30kg以上はありそうだ。ルースがすでにしめたようでイノシシはピクリとも動こうとしない。

  

 彼の様子に気づいたエルネスが手伝いますよと言わんばかりに近づき、運ぶのを手伝おうかと提案した。しかし、ルースは問題ないといった様子でその申し出を断っていた。


「命を助けてもらった上に、食材運びまで手伝わすわけにはいかねえよ。あんたらは客なんだから、そんな気いつかわなくていいんだ。ほら、鍵は開いてっから中に入んなよ」

 

 ルースはぶっきらぼうなように見えるが、人柄はいいように感じた。

 

 まず、リサが最初に進み、次いで俺、エルネスの順番で宿に入った。

 こちらでいうところの民宿という認識が一番近いように思った。

 

 室内には丸いテーブルが三つ置かれて、そこにセットで椅子が置かれている。

 内装と家具は木材を中心に作られていた。部分的に石材も使われている。


 宿泊だけでなく、食堂も兼ねているようで、カウンター付きの厨房が壁際に設置されていた。おそらく、宿の食事はここで提供されるのだろう。


 店主は大雑把な性格に見えるものの、目立つ汚れもなく清潔だった。

 これから泊まる上でまずまずの印象をもった。


 俺たちが椅子に座って待っていると、イノシシをしまい終えたルースが現れた。

 

「ええっと、全員で三人か。何泊する予定だい?」

「一泊です。明日にここを出てフォンスの中心部に向かう予定です」

 

 エルネスが率先して答えた。

 ルースは彼の言葉を聞いて、そうかと頷いた。


「あんたらは大森林を抜けて来たのか。寝るには早い時間だと思ったが、それなら仕方ねえ。疲れを取りたいもんだろう」

「ええ、まあ……」


 俺たちは適当に相づちを打った。

 わずかな時間、室内に微妙な空気が漂った。


 ルースは事件のことを知らないようなので、話すべきか判断しかねた。

 エルネスもリサもそのことについて口を開こうとしないので、あえて自ら切り出す必要もないと思った。


「おっと、そういえば、代金の説明がまだだったな。命拾いしたばっかりで本調子じゃねえんだ。一泊夕食つきで一人あたり20レガルでいい。恩人から金を取るのは忍びねえが、まあ商売だからな」

「20レガル……」

 

 俺にはドロン――ウリィデ通貨――の知識しかなかった。

 だいたいの相場が分からないのも不便を感じることがある。


「ずいぶん安いですね。ではそれで泊めてもらいましょう」

「私もそれでかまわないわ」


 エルネスとリサはまずまずの反応を見せていた。

 それなりに低価格なのだろう。


「先に立て替えておくから、二人はあとで私にちょうだい」

 

 リサが懐から布袋を取り出して、ルースに硬貨を六枚手渡した。


「よしっ、ありがとな。部屋は好きにつかってくれていい。一人一部屋はあるから、仲間に気を遣わずに休めるだろうよ」

「こちらこそありがとう。宿が見つかって助かった」

「それじゃあ、おれは食事の準備があるから、このへんで失礼するぜ」

 

 彼は厨房の方へ歩いていった。


「リサ、レガルで渡したほうがよいでしょうか」

「レガルは戻ってから使いみちが少ないから、ドロンでくれたらいいわ」


 二人が代金のことについて話し始めた。

 要領を得ないでいると、エルネスが1ドロン=1レガルだと教えてくれた。


「それじゃあ、10ドロン」

「はい、たしかに受け取ったわ」

 

 自分の布袋から硬貨を取り出してリサに手渡した。


「……私は少し休んでくるから、二人は夕食まで好きにしてて」

「ああっ、分かった。それじゃあ、また後で」


 彼女を見送ると、俺とエルネスの二人になった。

 厨房の方からはルースが作業する音が聞こえてくる。


「カナタさん、この辺りは広い土地があるので、魔術の練習がしやすそうです。せっかく時間もありますからよければ修練をしましょう」

「……うん、たしかに。それはいいかもですね」

「出かけるなら、その辺に荷物を置いたままでも構わねえぞ」

 

 厨房の方からルースの声が聞こえてきた。

 一人で切り盛りしているだけあって、マルチタスクぶりがすごい。


「それでは、外へ行きましょうか」


 エルネスは椅子から立ち上がった。


 二人で宿の外に出て周囲に障害物がない場所を選んだ。

 周りに生えるのは背の低い草で、動きの邪魔になりにくそうだ。


「対人用に魔術を行使することは稀です。相手が防御魔術を使えなければ、容易に命を奪えてしまうのと、ウィリデ周辺で争いがないことが大きな理由です」

 

 エルネスはこちらを見据えて説明を続けた。

 彼の言うとおりで、今までに人を攻撃する目的で魔術を使ったことはない。


「ただし、今回のような状況になると話が変わってきます。間合いを詰められると、武器を使った物理攻撃は非常に危険です」

「……なるほど、それでどんなことを?」

「早い速度で魔術を発動する練習をしてみましょう。移動の疲れもあるでしょうから無理は禁物ですが、可能な範囲でどんどん試してください」

 

 エルネスは説明を終えると歩き始めた。

 それから彼は10メートル以上離れた場所に立ち止まった。

 

 俺はそれを見て、魔術が発動できるように準備を始めた。

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