氷魔術の習得 その2

 自分とエルネスの距離感を確かめながら、マナの感覚を高めていく。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 少しずつ魔術を使うことが増えているため、さほど難しさは感じない。

 わりと簡単にスタンバイ状態に入ることができた。


 エルネスに準備完了の合図をすると、彼は頷いて応えてくれた。


「属性は何でもかまいません。威力を抑えながら連続でいきましょう」

「はい、分かりました――いきますよ!」


 草に燃え移るのを回避するために水の魔術を選んだ。

 右手をかかげると掌の先に透明な液体が現れる。


 連続でというエルネスのオーダーに対して、5センチぐらいの水球を続けざまに放った。数にして10個ほど。それらが勢いよく飛んでいく。


 ぱしゃんっと音を立てて、壁にぶつかったようにその場で地面に落ちる。

 エルネスの防御魔術が彼の手前で発動されていた。


「その調子です。いけるところまで発動してみましょう」


 エルネスが手を振って合図した。


 もう一度右手をかかげて、同じように水球を放出する。

 今度は連続かつ速いテンポで20発ほど放った。


 それらはしっかりと防御されて、エルネスの手前で地面に落ちた。

 その様子を目にしていると、ふと一つの疑問が浮かんだ。


 今まで殺傷能力の高さを意識することなどなかったが、水や火だけで対人となった場合に戦うことができるだろうか。あるいは魔術以外の選択肢を模索したほうがよいのか。とても自分だけでは答えが出せない。


 戦争の経験、ましてや従軍経験などないので、戦いに備えるということに対してリアリティーを持つことができずにいた。


 デンスイノシシやオオコウモリはそれなりに危険ではあったが、野生動物の延長にすぎない。しかし、人が相手となれば、武器と知能を以て襲いかかってくる。

 

 ――どちらが危険なのかはいうまでもなかった。


 一旦、魔術の発動を中止してエルネスの方に歩み寄っていった。

 そう訊ねることは気が引けるものの、必要性を感じているのも事実だった。


「……どうしました?」

「水と火以外の魔術を使えるようになりたいです」

「……そうですか。身体が慣れていないと負担が大きい場合もありますが、戦いの手段としては選択肢が多い方が理想的でしょう」

 

 彼はこちらの意図を汲み取ろうとしながら、ゆっくりと言葉を選ぶように話した。


「……まずは氷魔術の練習をしてみましょう」

「氷魔術……たしかイノシシを足止めしたやつですか」

 

 しばらく前の光景が記憶に残っていた。

 地面を走る氷柱が動きを止める光景は印象的だった。


「はい、そうです。あれも使い方の一つですね。ひとつずつ積み重ねていけば、同じようなことができるはずです」

 

 それから、一度見本を示すためにエルネスは魔術の発動を始めた。

 彼が右手をかかげると少ないライムラグで地面から氷の柱が立ち上った。


「水、火、氷。他にも属性はありますが、今回は氷ということなので的を絞ってすすめていきましょう」


 氷属性の魔術が使えるようになるというのは初耳だった。

 エルネスの説明はさらに続く。


「以前、マナの感覚を感じてもらった時に、存在する全ての属性を習得してもらっています。ただし、本人の特性に大きく影響を受けるので、その全てが使いこなせるわけではありません」

「何となく覚えてます。マナの根本的な部分というか、原初の属性……エネルギーそのものみたいな感覚です」

 

 あの出来事は強烈なインパクトがあった。

 人によっては人生観が変わるかもしれない。


「そのとおりです。火や水と同じ感覚でやれるはずなので試してみましょう」 

「はい、では早速」


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 水や火と違って何となく勝手が違う。

 エネルギーのイメージはできているのに、バランスが上手くとれない。


 半信半疑のまま右手をかかげて、何もない方向に氷の塊を発現しようとする。

 やりながら上手くいかないことは分かっていたが、予想通りに中途半端なサイズの氷が発現して足元に落ちただけだった。


「氷を発現できたところまではよいですが、まだ感覚が掴めていないのだと思います。体力に問題なければ続けてやりましょう」


 エルネスは続行するように促していた。


 もう一度集中力を高めて、氷魔術に意識を傾ける。

 今度は感覚を掴めた気がしたが、確信が持てなかった。


 時間ばかりがすぎてしまうので、勢いに任せて発動した。

 すると、最初と同じように半端な大きさの氷が落下するだけだった。

 

「……あれっ、何だか上手くいかないな」

「さあ、続けましょう」


 エルネスに見守られながら次々に魔術を発動した。

 しかし、どれも結果は同じで氷が積み重なるばかりだった。


「何がいけないんですかね? 感覚的には悪くないと思うんですけど……」

「今日初めてなので、発現できるだけ上出来です。一度に連続して魔術を使わせてしまったので、今日はこの辺にしておきましょう」

 

 エルネスは穏やかな表情でそう告げた。

 

「……そうですね、だんだん疲れが出てきました」

「それでは戻りましょう」


 俺たちはルースの宿に向かって歩き始めた。

 エルネスと並んで歩きながら、今日の修練を思い返す。


 慣れた魔術ならだいぶ使いこなせるようになってきた。

 その一方、氷のように慣れない魔術はまだまだこれからということも分かった。

 

 これから実戦向けの魔術を習得することに不安もあるが、自分の身は自分で守れるようになりたい。それは最低限のことだと感じた。もしも、今以上に強くなれるのなら、エルネスやリサの力になれることができたら理想的だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る