水の宮殿
緊迫した状況が続くせいか、昨日はなかなか寝つけなかった。
その影響で、起床してからも疲れが残っている感覚だった。
俺はエルネスと城の近くで待ち合わせて、厩舎で移動用の馬を借りた。
牧草や水からだけでなく、マナをエネルギー源にできるだけあって、馬たちは今日も元気だった。
これから街道を通って大森林を通過し、フォンスの中心レギナへ向かう。
初めて森を抜ける時は緊張していたものの、今では慣れもあってそこまで身構えるようなことはない。
それに魔術の能力が上がって、自分で身を守れるという自信が大きかった。
ウィリデの街中では馬を引き、城壁の外に出てから乗馬を開始した。
天気が崩れそうな気配はなく、まずまずの晴天だった。
前回と同じ馬ということもあって、乗っていて馴染む感じがあった。
日本にいた時は乗馬の経験はなかったものの、風を切る感触は気持ちがいい。
街道から大森林に入った後は、少し減速して警戒しながら進むようにしている。
危険に遭うことが減っているといっても油断は禁物だった。
乗っている馬は速度を落としてもかなりの速さがあるので、これだけのスピードで森の中を進める能力は驚異的だと思う。
以前は休憩や野営をはさんで歩いた道も、この馬があれば短時間で通過できる。
さすが、魔術師が特別に強化して育てた馬だ。
あっという間に大森林を抜けて、フォンス側の街道に出た。
平地では障害物はないので、再びスピードアップして進んでいく。
馬たちは走るのが好きらしく、加速できると嬉々として跳ねるように足を運ぶ。
通行人にぶつからないように気をつけながら馬を走らせた。
途中で食事休憩を取りながら、半日も経たないうちにレギナに到着した。
馬をその辺に放置するわけにもいかず、引いたまま街に入った。
街の入り口に当たる城壁周辺に衛兵がいたものの、馬のことについて注意を受けることはなかった。
俺もエルネスも水の宮殿までの道のりが曖昧だったが、中心部に向かって歩くうちにたどり着くことができた。
広い面積に背の高い白亜の宮殿、敷地の外縁に沿った透明な流れの水路。
いかにもな雰囲気の建物だった。遠目からでもすぐにそれだと分かる。
「すごく金のかかってそうな外観ですね」
「フォンスの水資源事業は利益が大きいのでしょう。ウィリデでこんな城を建てたら国がひっくり返ってしまいます」
「さてと、援軍を拒んだ理由を確かめに行くんでしたね」
クルトと会って話をしたいとも思ったが、彼がどこにいるのか不明だった。
水の宮殿前にいる衛兵にウィリデからの使者だと話をすると、馬を預かってもらえることになった。
粗末に扱われたり、盗まれたりしないことを願いながら手綱を預けた。
そこらへんからアラブの石油王でも飛び出してきそうな雰囲気だが、フォンスもウィリデと同じくヨーロッパ系の外見の人が多く、服装も西洋風なのでそれはない。ただ、水の宮殿はアラビアンな雰囲気を感じる外観をしている。
ちなみに建物だけでなく、足元まで真っ白い。
床に使われているのは大理石のような代物で歩くとコツコツ音がする。
これでは、隠密活動はしづらいだろうなと思いつつ、俺とエルネスは中央から宮殿の中に入っていった。
エルネスの話ではウィリデのお偉方から直々の司令なので、遠慮せずに説明を求めてよいと指示が出ているらしい。
「こんな雰囲気のあるところだと、正面突入は勇気がいりますね」
「僕も同じ気持ちです。こういったことは専門というわけではないですから」
エルネスは少し固い表情をしていた。
さすがの彼でも、他国の王もしくは大臣に問わなければいけない状況は大変だろう。
それに俺自身、落ち着かない気持ちになっている。
営業マンだった頃の交渉と国の命運を左右する交渉では重みが違いすぎた。
屋内は間合いが狭く、発動までの時間がある分だけ、魔術が不利になりやすいことが気にかかる。
剣を持った兵士と戦う場面にはできる限り持っていきたくない。
久しぶりに日本にいた頃と近い心境になっていた。
なんというか、少し憂鬱な感じがする。
微妙な気分のまま、長い通路を先へ歩いた。
わざわざ分かりにくい構造にしてなければ、入り口から中央の通路を進んでいけば偉い人の行くところへたどり着けるだろう。
「……通路、長いですね」
「ええ、この方向で合っているとは思いますが」
俺たちが歩いている間、不思議とすれ違う人はいなかった。
ウィリデ以上に緊迫しているはずなのに、人気が薄いような気がする。
「あれ、カナタか、それにエルネスも」
そんなことを考えていたら、クルトに鉢合わせた。
彼は前に会った時よりも畏まった服装だった。
「これから、援軍を拒んだ件について、説明を聞きに行くところだったんです」
「ああっ、その件なら、ちょうど使いを出そうと思っていたところなんだ」
「……えっ?」
「通路で立ち話もなんだから、場所を変えよう。ついてきてくれ」
俺たちはクルトに促されてその場を離れた。
案内されたのは、宮殿内の一室だった。
適当に並べられた椅子が数脚と一人用の大きい机が一つ。
雰囲気から察するに彼が使っている部屋だろうか。
「やあ、カナタとエルネスじゃないですか。またフォンスに来たんですね」
室内にはシモンがいた。
いつも通り、フランクな態度で話しかけてきた。
「あれ、二人揃ってここにいるってことは内通者の件は……」
「それなら無事片付いた。シモンの働きが大きいがな」
「まあ、思ったより簡単でしたね」
クルトは俺たち二人に水の宮殿へ戻ってからの話を始めた。
シモンは意味の有りそうな笑みをこちらに向けて浮かべていた。
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