行商人トマス その1

 ――旅は道連れ世は情け。

 使い古された言葉だが、要するに他人を思いやれということだろうか。


 俺はここまでウィリデやエルフの人たちの厚意に助けられてきた。

 それを直接ではなくても、誰かにつなげることに意味があるような気がした。


 夕暮れのレギナで出会ったドワーフは困っているように見えた。

 俺に何ができるのか分からないが、力になってもいいと考えている。 

 

 実際のところ、カルマンがフォンスを攻めようとしていると聞かされても、自分がどうすべきかは判断できるはずもない。

 俺はしばらく考えてから、エルネスに声をかけることにした。


「とりあえず、この人の話を聞いてくれませんか?」

「……はい、わかりました」

 

 エルネスはこちらの様子を伺うような感じで近づいてきた。

 彼のそんな様子を見るのは初めてだった。 


「彼は信頼できるエルフだから、話してみてもらえるかな?」

 

 少し迷っているように見えたが、リカルドは首を縦に振った。


 二人は簡単な自己紹介を済ませて、リカルドがエルネスに同じことを伝えた。

 エルネスは戸惑うような表情をしていたが、しばらく考えてから何か納得がいったというような素振りを見せた。


「フォンスの者たちは聞く耳を持たない。話を聞き入れるとしたら、ウィリデの方に望みがあるのではなかろうか。わたしは大森林を抜けてウィリデに行きたい」

「リカルドの言う通りですね。ウィリデなら何らかの可能性が残されています」


 二人は普通に話しているように見えても、どことなく緊張感を漂わせていた。

 これまでの歴史がそうさせるのだろうか。

 もっとも、部外者の自分がとやかく言うことではないと思うが。


「ちょっと待って。いくらなんでも来たばかりでウィリデに戻るのは無茶よ。どうしてもっていうなら、どこかで馬や馬車を借りなきゃ」

 

 リサは方法を提示したものの、気乗りしない様子だった。

 上手くいく確率が低い方法なのだろうか。


「リカルド、みんな疲れてるから、今日すぐにっていうのは無理だ。俺たちは近くに宿をとっているから、せめてそこで一泊させてもらわないと。レギナに来たばかりなんだ」

「これは申し訳ない。わたしは街の外にある城壁跡で野宿している。もし、力になってもらえるのならそこへ来てほしい。明日一日は待たせてもらうが、翌日にはウィリデへ向かう」

 

 リカルドは決意の固さを感じさせる態度を示した。

 何があってもウィリデに向かうということなのだろう。


「うん、わかった。二人とはどうするか話し合っておくから」

「こちらも承知した。長居すると人目についてしまうゆえ、ここで失礼する」

 

 リカルドはそういってこの場を離れていった。

 すぐに彼のためにできることはなく、その背中を見送ることしかできない。


「もう、無茶しちゃって。腕っぷしにそんなに自身があるの?」

 

 リサは呆れるような声になっていた。

 心配しているようにも聞こえる。


「いやいや、そんなことはないよ」

「あのドワーフを助けたいなら手伝うけど、馬なしでは私たちが潰れてしまうわよ。本当ならフォンス周辺でゆっくりして帰るつもりだったんだから」

「僕はカナタさんの意思を尊重したいですが、馬や馬車を貸してくれるとなると、行商人ぐらいしかいません。ちょうどフォンス側に滞在しているタイミングだとよいのですが……」


 エルネスも心なしか微妙な表情になっている。

 彼らを押し切ってまで手助けするべきかはわからない。


 ただ、リカルドの様子からして、彼がウィリデに行った方がいいのは間違いないだろう。

 本当にフォンスが聞く耳を持たず、カルマンが攻めてくるのならどれだけの被害が予想されるのか。


 自分が巻き込まれたのが単なる偶然にしろ、見過ごすことはできない。 

 この世界と関わりをもってしまった以上、傍観者でいるのは卑怯だと思えてしまった。


「ごめん、二人を困らせてしまって。まずは夕食を取ろう」 

「……はい」

 

 エルネスとリサは気持ちの整理がつかないように見えた。


 俺も同じようなもので、自分が正しいとまでは思っていない。

 ここからはできることを愚直に行うだけだ。

 

「……明日まで待つより、一度行商人のところに行ってみましょう」


 エルネスが何か思い立ったようにいった。

 おそらく、心当たりがあるのだろう。


「うん、たしかにそうだ。場所は分かりそうですか?」

「ウィリデからの行商人なら、市場の近くを常宿にしてるはずよ」

 

 リサがはっきりとした声でいった。

 今の状況にとって有用な情報だった。


「……ありがとう。それじゃあ行ってみよう」

 

 二人の同意を確認してそこに向かうことにした。

 場所はリサが知っているようだった。

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