夜襲に気をつけて
ウィリデの四人で宿に入る頃、夕暮れ時になっていた。
辺りには薄闇が広がり始めて、夜の気配が近づいている。
さすがに真っ暗なままでは色々と困るので、屋内のランプを集めて火を点けた。
ここぐらい外れた土地になると魔力灯は整備されていなかった。
互いに隣接した部屋を合計で四部屋。
一人一部屋という部屋割になった。
そろそろ食事の時間なわけだが、今回は残念なことになっている。
町の中に残された食料を適当に食べることになったから。
ちなみにカルマン兵が毒を盛った可能性について、百戦錬磨のシモン先生が判別した結果、オールクリアという話だった。
先ほど食料の内容を確認した時、食料の中に見慣れない食べ物もいくつか目に入ったので、無難にパンみたいなものを選んでおいた。干し肉などを料理して食べるという選択肢もあったが、調理する気分ではなかった。
簡素な食事を済ませて、それぞれの部屋で休むうちに夜が深まっていった。
ベッドに腰かけてぼんやりしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
エルネスが部屋にやってきた。
おそらく、見張りの順番の話だろう。
「クルトやシモンの監視をかい潜(くぐ)って侵入してくるとは考えにくいですが、念のため廊下で見張るようにしましょう」
「わかりました。時間はいつからにします?」
「そうですね、もう少ししたらお願いしたいと思います」
俺はエルネスの答えに同意した。
それからしばらくして、彼が自室に戻ってから廊下に椅子を出した。
窓側からの侵入には対応できないが、これで通路側の異常には対応できる。
ランプの置かれたさして明るくはない廊下で椅子に腰かけた。
昼間の疲れが多少残っているため、見張りをするのに向いているとは言いがたいコンディションだった。
夜襲に気をつけろという言葉を鵜呑みにしてしまったことを後悔している。
「…………んっ? あれ、寝ちゃってた?」
わりと強めの眠気を感じていたが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
腕時計を見ると、少なくとも二、三時間は経過している。
「……まずいな。特に騒がしい感じはしないけど」
俺は何か物音があれば目覚めたはずだと、希望的観測をした。
耳を澄ませてみたが、今は建物の中で目立つ音はしない。
ただ、何かあってからでは遅いので、外から異常がないか確かめることにした。
宿の玄関を出て、三人の部屋の窓に当たる部分を見てみたが、ガラスが割れるなどの変化は見られず、問題ないように思えた。
「やれやれ、これで一安心か」
俺は胸をなでおろして戻ることにした。
その場を離れて宿の中に入ろうとすると、近くに人影が見えた。
「……あれ、何してるんですか?」
「こんばんは。クルトからこちらの宿の警護をするように言われまして」
まだ、それぞれのことを区別できないが、フォンスの兵士の一人だった。
「へえ、クルトが?」
「はい。シモン様が目を光らせているので、よほど問題ないと思うのですが、あなた方は貴重な戦力なので、こうするように指示があったかと思います」
この世界の言語は誰が喋っても癖が少ないのだが、兵士の話す言葉は畏まって聞こえる。
「わざわざ、ありがとうございます」
「いえ、明日以降も戦いのがありますので、しっかりとお休み下さい」
兵士は丁寧な態度でこちらを見送ってくれた。
俺は会釈をしてその場を離れた。
「カナタさん、外に何かありましたか?」
宿屋の中に戻ると、エルネスが立っていた。
「いや、何というか、屋外のチェックをですね」
途中で居眠りして、外の様子が心配になったとは言いづらかった。
俺は何事もないふりを装いつつ、置いてあった椅子に座った。
「ところで、外に行ったらフォンスの人がこの辺を見張ってくれてましたよ」
「そうですか、それなら僕たちでやる必要はないかもしれませんね」
エルネスは納得したように首を縦に振った。
「適当に交代しようと思っていたのですが、見張りはなしにしましょう」
「ピンポイントにここが狙われるとも考えにくいですよね」
夜襲されるなら、兵士が休んでいる馬車や狙いやすいところだと思うものの、目立つ場所はクルトやシモンが守りを固めているだろう。
それに見張りがいる宿屋をわざわざ襲撃するとは思えない。
「今日はいろんなことがあったので、できれば寝ていたいです」
「たしかに、いくらエルネスでも疲れますよね」
距離感が近くなってきたのか、彼は素直に思っていることを話してくれるようになった気がする。以前なら疲れていても疲れたとは言わなかったはずだ。
「それじゃあ、部屋に戻りますか」
「ええ、そうしましょう」
俺たちはそれぞれの部屋で眠ることにした。
もしも襲撃されたら困るので、ベッドを窓から離れた位置に移動しておいた。
「ふわぁ、よく寝た」
翌朝、窓からまばゆい朝日が差しこんでいた。
鳥たちのさえずりが聞こえてくるような爽やかな目覚めだった。
窓が割られたり、部屋の中が荒らされていたりということはなかった。
寝起きの頭で考えてみたが、クルトは不安にさせようとしたわけではなく、単に気づかいとして教えてくれただけのような気がした。
戸締まりに気をつけて的な感覚で、夜襲に気をつけてと伝えたのかもしれない。
むずかしいことはさておき、熟睡できてよかった。
宿の水瓶がそのままになっていて、わりと水がきれいだったので顔を洗った。
それから身支度をして、宿屋の玄関付近で三人が起きてくるのを待った。
「おはようございます」
「エルネス、おはようございます」
「何事もなかったみたいですね。おかげさまでゆっくり休めました」
エルネスは心身ともに充実した状態に見えた。
そういえば、昨日は少し疲れていたような気がする。
「二人とも、おはよう~」
「おはようございます。やっぱり、人間には八時間睡眠が必要ですね」
呑気な様子でクリスタが、謎のコメントと共にヘルマンが出てきた。
俺たちは四人で宿を出た。
今は戦闘状態というわけではなく、まずはクルトたちに会ってみることにした。
「おはようございます」
「おやっ、おはよう。昨日はよく眠れたか」
「はい、宿の近くに見張りをおいてくれたみたいでありがとうございました。おかげで安心して寝れました」
「そうか、それはよかったな。兵士は夜警に慣れているから、そういったことはこちらに任せてほしい。君たちは大事な戦力でもあるが、戦友でもあるから負担を少なくしたいんだ」
クルトの口から戦友という言葉が出てきて驚いた。
普通の会話で照れくさいことを言う人だ。
「いやー、おれはあんまり寝てないんで、今から寝かせてください」
冗談めいたことを言いながら、シモンがやってきた。
「シモンは昨日の晩に襲撃者を退けていたから、睡眠時間は短いはずだ」
クルトがの説明で、衝撃の事実が発覚した。
「夜襲あったんですね」
「ああっ、数人きただけだから、大したことはなかった」
「もうちょっと工夫してくればいいんですけどね。暗ければバレないだろうっていうのは読みが浅すぎるってもんです」
シモンは誇るでも謙遜するでもなく、敵を跳ね返すのはごく当たり前のことだと言わんばかりの自然な様子だった。
戦いへの驕りや恐れが見られないのは羨ましく思えた。
「もう少ししたら、夜警に当たっていた兵士たちの仮眠が終わる。その後に、国境沿いの様子を見に行こうと思う。言うまでもないが、君たちには同行してもらいたい」
クルトは強制するような言い方はしなかった。
俺たちはそれに同意して、彼らに同行することになった。
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