弓兵の脅威

 拠点にした町から国境に向けて移動する途中、クルトから滞在中の町がメルス、一つ前の町がルカレアという名前だと教わった。


 せっかく確保した拠点を明け渡すわけにはいかないということで、偵察は少人数で行くことになった。


 メンバーは俺以外に、クルト、シモン、エルネスの三人だった。

 この顔ぶれでいると、最前線でクルトたちを援護した時のことを思い出す。


 兵士の仮眠が終わったタイミングを見計らって、メルスを出発した。

 クルトの説明では、馬に乗れば国境まですぐに着くということだった。

 

 四人で少し荒れ気味の道を進んでいく。

 敵兵を警戒してそこまで速度を上げられず、周囲の警戒を怠れない状況だった。


「その辺りの茂みに隠れていてもおかしくないですよね」

「ええ、気をつけましょう」


 俺はエルネスと並んで馬を走らせた。

 クルトとシモン、二人の馬が先を走っている。


 移動は順調で敵と遭遇するようなことはなかった。

 出発して少し経ってから、国境の近くに到着した。


 事前の説明で、国境の目印に岩が置かれていると聞いていた。

 たしかにその通りに、道の左右に大きめの岩があった。


「二人とも、いったん止まってくれ」


 クルトが馬を制止させて、俺とエルネスに声をかけた。

 俺たちは馬を減速しながら、クルトたちの近くで馬を停めた。

  

「以前はこの辺りに敵がいたのだが、今日は見当たらない」

「ああっ、それですけど、一応気をつけてください」

「何かあるのか?」

「道の先の方に敵の気配がします。……数は少ないですね」


 シモンは直感的に何かに気づいているようだった。

 俺が見る限り、視界の範囲に敵の姿はないように思える。


「シモンは不思議な能力がありますね」

「彼には何度も助けられている。時々、人間ではないと思えてしまう時がある」

「ひどい言い様ですね」


 エルネスがクルトたちと話していた。

 俺はシモンの言葉が気にかかり、周囲の観察を続けた。 


「やっぱり、俺には分かりませんね」

「シモンにしか無理だろう。僕も分からない」


 やはり、クルトも敵の気配が分からないようだった。


「でも、変ですね。警戒してるのか偵察してるのか、全然動いてきません」

「二人が強いから出てこれないんじゃないですか」

「それもあるかもしれませんけど――」


 ふいに風を切る音が耳に届いた。


「――しまった!」

「……ぐっ」


 シモンが短く声を発した後、クルトが声を上げた。


「岩陰から弓矢で狙われてます。すぐに引き上げます」

「はい、わかりました!」


 俺たちは急いで馬を走らせた。

 振り返ると、隠れていたと思われる弓兵が弓を構えていた。


「……まずい、このままじゃ防御できない」 


 俺は急いで魔術を発動した。

 馬の上で集中しづらいが、そんなことを言っていられる状況ではなかった。


 先を行くクルトの背中に矢が刺さっているのが見える。

 これ以上、彼を負傷させるわけにはいかない。


 彼の後方に入り、氷魔術で腕全体に広がる氷の盾を作った。

 馬を覆うことはできないが、自分の背中回りを守れるだけの大きさはある。


 横目でエルネスを見ると、彼も同じように氷魔術で背中を守っていた。


 馬の足が早いおかげで、どうにか射程を外れることができた。

 俺たちはそのままメルスの町に戻った。


 クルトは馬を下りると、シモンの肩を借りて歩いていた。


「まさか、弓矢で攻撃してくるとは……」


 クルトは痛みを堪えている様子で、呻くようにいった。


「すみません、完全に油断してました」


 普段のフランクな様子は影を潜め、シモンが申し訳なさそうにしている。  


「敵が勢いづいて攻めてくるかもしれない。町の守りをしなければ」

「治療が先です。僕の治癒魔術で傷口を治すことができます」

「そうか、それはありがたい」


 家主が不在の民家に入り、クルトが椅子に腰かけた。


「シモンとカナタは警戒のために戻ってくれ。治療はエルネスだけで十分なはずだ」

「はい、わかりました」

「あと、仲間たちに状況を伝えておいてほしい」


 クルトから指示を受けて、シモンがフォンスの兵士たちに伝令にいった。

 俺はメルスで防衛戦をする場合の、注意箇所を教わることになった。


「そこまで大きい町ではないから、侵入できる場所は限られている。ただ、今の人員では一人欠けるだけで、防御力が極端に下がる。まだこちらに援軍の可能性はあるが、どこまで信じていいのか分からない」


 クルトは背中と腕に一本ずつ矢を受けて出血していた。

 強い痛みも伴うはずで、その言葉がいつもより弱々しくなっている。


「できる限りのことはします。命がけなので、やられるわけにはいかないですね」

「よしっ、その意気だ。よろしく頼む」


 クルトに送り出されて、俺は民家を出た。

 町には全員の仲間が出てきていて、総力戦の気配を感じさせた。


「カルマン側もそこまで愚かではないので、クルトの役割を理解しているはずです。戦いで将の危機はつけ込まれやすいので、ここを何とか乗り越えないと」


 シモンの言葉が状況の重みを表していた。


「押さえるポイントはクルトから聞きました。とにかく突破されないようにする必要がありますね」

「ええ、こっちが少人数なのに町に潜まれたら厄介ってもんです」


 彼は険しい表情で正面を見据えた。

 

 こちらの兵の配置が終わってしばらくすると、想像以上に大勢のカルマン兵がやってきた。

 俺は不安と緊張を感じながら、魔術を発動するための集中力を高めていた。

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