戦いの意義と氷の魔女
メルスの町で防衛線を守りながらの戦いが続いている。
カルマン側は魔術師対策と思われる弓矢の長距離攻撃を仕掛けてきたが、フォンスの兵士たちが盾を使いながら身を挺して守ってくれて事なきを得た。
それ以外では、クリスタとヘルマンにかなり助けられている。
彼らを狙われないようにしなければ、押しこまれる危険が増大してしまう。
俺自身はそこまで破壊力のある魔術を扱えないので、雷と氷の魔術で敵を足止めする補助役に徹していた。敵の勢いが衰えることはなく、次から次へと押し寄せてくる。
「……これだけの人数が道の向こうに待機していたのか」
普段なら多少の加減ができるものの、そんな余裕はない。
経験したことがない量のマナを消費しているせいか、頭に鈍い痛みが生じた。
手の先からは魔術を発動しながら、ふと疑問が生じた。
――なぜ、ここまで危険に身を晒してまで戦わなければいけないのか。
こちら側には分かりきった答えがある。
守らなければ殺されるという明確な理由。
しかし、カルマンは何がしたいの分からない。
侵略によって得られる利益――国土、資源、財産。
俺にはそんなことはどうでもいい。
命を賭してまで手に入れるようなものではないし、誰かから奪い取るようなものでもない。
今この瞬間にも、死んでいく兵士がいる。
……こんな戦いに意味があるのか?
「カナタちゃん、集中してないとやられちゃうよ」
クリスタがいつの間にか近くにきていた。
彼女に声をかけられるまで、水泡のように浮かんだ思考にとらわれていることに気づかなかった。
「……ああっ、ありがとう」
「わたしとヘルマンのマナが尽きることはないから、絶対に大丈夫」
彼女は確信に満ちた言葉を残した後、両手を天にかざして雷雲を呼び寄せた。
まるで竜のようにうねる紫電がカルマン兵を貫いていった。
精度、威力ともに次元が違う。
どれだけの修練を積めば、ここまで領域に達することができるのか。
こんな光景を目の当たりにすると、魔術を究(きわ)めるのも悪くはないと思えてくる。
「さあ、まだまだくるよ~」
周囲に目をやると、味方の兵士たちがそれぞれの持ち場を必死で守っている。
前方からは、絶えまなく敵が迫っていた。
とにかく、気持ちを切らさないこと。
月並みではあるが、戦いだろうと何だろうと、それが一番重要だと感じていた。
――全身を流れるマナに意識を向ける。
クリスタに負けじと、雷魔術を発動させて正面から迫る敵に向けて放つ。
それが直撃した相手は痙攣を起こし、隙が生まれたところを味方が斬りつける。
この連携が上手くいったおかげで、一方的に押しこまれずに済んでいる。
クリスタの他に近接魔術で敵を倒して回るヘルマンがいなければ、いつ瓦解してもおかしくないような危うさを感じさせる防衛線だった。
「……あれ、強いマナが迫ってくる」
戦闘中のクリスタが静止して、ポツリとつぶやいた。
「……うん、たしかに俺も感じる」
クリスタやヘルマンに匹敵するようなマナの持ち主が、後方から接近している。
「この感じはエルフ。誰かきてくれたのかな~」
俺は後ろの様子が気にかかり、思わず振り返った。
すると、こちらに向かって歩いてくる人影が目に入った。
「援軍がきたぞー! もうひと踏ん張りだ!」
そんなかけ声が辺りに響いていた。
後ろを向いたままでいられるほど余裕がなく、準備ができたタイミングで再び魔術を放った。
「――まあ、かわいい。人間のわりに奮闘しているわね」
冷たい空気が頬をかすめていった。
その直後、前線の後ろに控えていた敵の集団が一塊(ひとかたまり)の氷漬けにされていた。
クリスタの魔術も広範囲に効果を及ぼすが、同じかそれ以上の魔術だった。
さすがにカルマンの兵士たちも戦闘狂というわけではないようで、それを見て怖気づいたように撤退を始めた。
「ふふっ、もうちょっと、楽しませてちょうだい」
ようやく、声の主がエルフの女性ということが分かった。
こちらからは後ろ姿しか見えないが、白銀の長い髪と白いローブのようなものを身につけていることは確認できる。
「この寒気は何だ!? 発動前にマナの動きを感じるなんて、どれだけの魔術を放つつもりだ」
思わず声が出ていた。彼女は大規模な魔術を放とうとしている。
しかし、俺の位置からでは止めることはできない。
――いや、そもそも止めなくていいのでは?
そんな心の声を感じたが、このまま発動させれば、カルマン兵を大量殺戮させることになってしまう。俺たちがクルトの兵として戦っている以上、そんなことはさせたくない。
「ちょっと、ディアナ張りきりすぎ。えいっ」
同じように危機を感じたらしく、クリスタが止めに入った。
かわいげのあるゲンコツと共に……。
「痛っ、本気で叩くんじゃないわよ」
「敵を全滅させられたかもしれないけど、悪い意味で魔女の名が知れ渡るところだったよ」
クリスタはディアナという女性と知り合いのようだった。
「ウォォーー!! カルマン兵が引き返していくぞ!!」
二人の様子に気をとられていると、フォンスの兵士たちから雄叫びのような声が上がった。
撤退可能な状態の敵兵は全てこの場から去っていった。
本来、クルトがいれば追撃するか否かの判断をするはずだが、まだ治療中でそれどころではない気がする。
「全員、聞いてくださーい! 追撃禁止です。敵を倒すことも大事ですけど、こっちは数で不利なので、味方を失うわけにはいきません。もう一度いいまーす。追撃禁止!」
これまで戦線に加わらなかったシモンが大声で伝令を行った。
彼がきたということは、クルトの治療に区切りがついたのだろうか。
「はっ、承知しました」
フォンスの兵士たちの中でもまとめ役だった一人が返事をした。
「遅くなりました。クルトの治療は無事終わりました」
「おっ、エルネス。こっちも何とかなりましたよ」
疲れた様子のエルネスが歩いてきた。
おそらく治癒魔術で、マナを大量消費したのだろう。
「出血がひどかったので、最低でも今日一日は安静にしていなければいけません」
「とにかく、助かったみたいでよかったです」
エルネスは俺と会話をしていたが、援軍にきた一人に視線が釘付けになった。
「あれは氷の魔女ディアナ。なぜ、こんなところに……」
彼は俺と話していることを忘れたかのように、気を取られているようだった。
援軍に駆けつけた人は他にもいるので、適当に様子を見に行ってみよう。
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