平凡なサラリーマンが異世界生活を満喫しながら勇者になりました

「カナタと話がしたいので、少しの間だけ攻撃を防いでもらえますか」

「ええ、もちろん」


 シモンの神妙な面持ちにエルネスも大きく頷いて応えた。


 エルネスだけに負担をかけたくないので、今はこうするしかない。

 敵の様子に目を向けると、油断しているのか攻撃を仕掛けてこなかった。


「本来の方法ではないですけど、マナを使う以外にもう一つ同じような力を出す方法があります」

「……そんな方法が?」

「命がけになります。……マナの代わりに生命力を使いますから」


 シモンは今まで見たことのない表情を見せていた。

 こんなにも真剣な顔つきになるのかと驚きを隠せなかった。


「エルネスはきっと止めるでしょうし、基本に忠実な彼にはできません」

「それじゃあ、俺にしかできない?」

「いえ、おれも同じことができます。……ていうより、さっきもしてました」


 強大な魔術を防げたのは、それが理由だったのか。

 魔人のような姿に近づきつつあり、シモンに大きな負担をかけてしまった。


「……それでやり方は?」

「マナの回路は使いません。力の源をもっと強く深く意識してください」

「……強く深く」

 

 シモンの言う通り、マナよりも深いところに意識を向ける。

 すると、それはあっさりと体感できた。


 身体の中に宿る太陽のように力強い、まさに生命力と呼べる力だった。

 シモンの言う通り、マナとは力の種類が異なる。


「準備はできた。それで?」

「おおっ、早いですね。早速、やってみましょう」

「もちろん」

「――ただ、死ぬかもしれないことだけは頭に入れておいてください」


 シモンは落ち着いた口調で、限界を超えるなと諭していた。


 彼はそのまま魔女の方へ近づいて行った。

 決死の攻撃を仕掛けようとしているのは明白だった。


 自分も続かねばとシモンの後に続いた。


「エルネス、反撃があったら防御を頼みます」

「ええ、分かりました」


 シモンの頼みをエルネスは快諾した。


「さて、いっちょやりますか」


 シモンは普段の様子に戻って、散歩にでも出かけるような気軽さだった。

 それにもかかわらず、彼の全身から膨大な量のエネルギーを感じ取った。


「シモン、そこまで力を使って大丈夫なのか」

「……無事に帰れたら、クルトによろしく伝えてください」

「――えっ」


 その意味を理解しようとする間に、シモンは弾丸のように飛び出していった。

 彼の決死の攻撃が衝突すると、魔女のところで大きな火柱が立った。


 明らかに自爆覚悟の攻撃だった。

 このままでは全滅しそうだからといって、己の命を犠牲にするなんて。


 胸の内が強く締めつけられるようだった。

 苦しくて言葉が出てこない。


 シモンがあれだけの攻撃をした以上、魔女が無傷ということはないだろう。

 火柱が収まるのを待った。


「そ、そんな……」

「……ぐふっ、シモンめ。木の実をくれてやった恩を忘れおって」


 魔女はボロボロの姿になりながらも存在していた。

 彼女は怨嗟の声を上げたが、恐怖はちっとも感じなかった。


「――こうなったら、俺がやるしかない」


 シモンに教わったばかりのことをイメージする。

 マナよりも強く深い力――生命力に意識を傾ける。


 すでにマナを酷使しているのに、生命力は太陽のように熱く昂っていた。


「これなら、きっと――」

「カナタさん、ダメです!」


 近くにいたエルネスが止めに入った。

 彼はこの方法を知らないはずだが、エネルギーの流れで理解したようだ。


「もうこれしか方法がないんです。ここであいつを倒さなければ、また被害が出てしまう」

「……そうですが、カナタさんの命が」

「大丈夫、死ぬほど力は使わないから」


 自分自身、そのつもりでいたはずなのに直感は別の事実を伝えた。

 

 ――そうか、この戦い方をしたら、死ぬかもしれないのか。


 死期を察した動物のように潔(いさぎよ)い感覚だった。

 身体がそれを拒絶しても、意識はやるしかないと後押しする。


 もう後戻りはできない。


「ダメです、ダメです……」

「ありがとう、エルネス。俺にしかできないんです。俺にしか」


 ここでたくさんの人のために命を使えるなら本望だ。 

 シモンの犠牲を目の当たりにした俺の……結論だった。


「そんな、そんなことが……」

「それじゃあ――」


 俺たちが話していると、再び魔女の攻撃が飛んできた。


 それはまるで地獄の業火だった。

 マナだけの防御ではとても足りないだろう。 


 俺はマナの残りと生命力を注いで、氷壁を発動した。

 今までで一番強力な防御魔術だった。 

   

「こんなことが可能になるなら、エルネスが止めに入るのも納得だな」


 マナだけが動力源の場合に比べると明らかに桁外れだった。

 代償と言わんばかりに心臓から何かを吸い取られるような虚脱感があった。


「魔女にトドメを刺したら、俺は……」


 そうだ、分かっている。分かっているとも。


 直感が、本能が、何度も強く主張した。


 それを実行すれば、お前は消えてしまうぞと。

 

 エルネスはいい人だった。

 魔術の師匠として、たくさんのことを教えてくれた。


 できれば、彼には生き残ってほしい。

 

 己の住む世界を捨てたような自分ではなく、彼のように純粋で高潔な人に。

 そう切実に思った。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 マナはほとんど空っぽだった。

 しかし、俺にはまだ生命力が残っている。


 今まで異世界で出会った人たちを思い返すと自然と力が湧いてきた。

 

 どうか、彼らが幸せでありますように――。


 やはり、限界を超えてしまっているようだ。

 自分が何をしているのか分からなくなってきた。


 それでも、かすかに残った感覚を頼りにして、視界に映った敵を討つ。


「――これで終わりだ」


 魔女に喰らいつくように迸る稲妻が走る。

 闇に覆われた異空間を打ち破るように雷鳴が轟いた。

 

 今度も過去最高の出来だった。

 これだけの威力なら結果を見るまでもない。


 視界の端でエルネスが駆け寄ってくるのが見えた。


「――カ……タ……ん」


 彼は悲しそうな表情でこちらを見つめていた。


 どうしてそんなに辛そうなのだろう。

 俺はこんなにも晴れやかな気分なのに。


「エルネス、平凡なサラリーマンだった俺にしてはよくやっただろ」


 バカだな、俺。

 彼に日本語が通じるはずないのに。


 何だか不思議な感覚だ。

 身体がすごく軽くて、何も感じない。


 そうだ、言わなくちゃいけないことがあるんだった。


「ありがとう、エルネス。俺に魔術を教えてくれて…………」

「カ……タ……さ……」


 エルネスの声がずいぶん遠くに感じた。


 ありがとう、俺は満足だから。


 ……ああっ、何が満足なんだったっけな。

 

 よく分からないけど、まあいいか。

 うん、きっと俺はやりきった。

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