最後の戦い―異空間の死闘―

 その映像は目の高さから数メートル先の距離で流れていた。


 見知らぬ国同士の戦い。

 戦いが生む悲劇、怒りや憎しみと負の連鎖。


 戦争の悲惨さを伝えるドキュメンタリー以上に感情へ訴えかける内容だった。

 見慣れない武器が多く、異世界で起きた出来事だと判断した。


 目を背けたくなるような光景ばかりだったが、己の意思とは無関係に目蓋に焼きつけられていった。


 果てなく感じられる時間が経過した後、視線の先に見覚えのある人物が現れた。


「シモン……これはシモンだ」

「……おれ……ですね」


 今度は見知らぬ国同士の領土争いが映し出されていた。

 中心人物は今よりも若く見えるシモンだった。

 

 それにしても、知られたくない過去でもあるのだろうか。

 彼にしては珍しく歯切れの悪い反応だった。


 その映像に出てくるシモンは身分が高いように見受けられた。

 王、あるいは年齢からして王子かもしれない。


 彼は自ら部隊を率いて、祖国への侵攻を企てる敵国と戦っていた。

 シモンの国は次第に劣勢に立たされ、少しずつ領地に入りこまれた。


 それからシモンは奥深い森に入り、宝物と交換に怪しげな魔女から不思議な木の実を手に入れると、悲壮な表情でその実を口にした。


 木の実にどんな力があったのか分からないが、シモンは超人的な力を手に入れた。俺が知るシモンは最初からこの強さだった。


 シモンは単騎で敵の軍勢を圧倒するようになったが、彼の家族は戦乱に巻きこまれて命を落とした。最終的に戦いには勝利したものの、孤独な日々が待っていた。


 そこで唐突に映像は途切れた。


 俺は途中で目にした魔女の姿に既視感を覚えていた。

 もしかしたら、シモンも気づいたかもしれない。


「シモンに木の実を渡した魔女って、白い髪の女の子に似てたよね」

「……あの時に会ったのは大人の姿で、すぐには気づけなかったですけど、おそらく同じです」

 

 彼女の狙いは何なのか分からなかった。

 シモンの人生をかき回したり、魔王を影で操ったり。


「とにかく、ここから出ないと」

「道は分かりませんが、進むしかありません」 

 

 俺とエルネス、シモンは互いの顔を見合わせた。

 出口が分からないからとあきらめるわけにはいかない。


 俺たちは映像が再生された場所を離れて歩き始めた。


 

 行く宛もなく闇の中を進み続けると、進行方向に白髪の少女の姿があった。

 先ほどの映像を見た限り、その正体は魔女というべきか。 


「ここで逃げてもどうにもならない。戦おう」

「ええ、そろそろ終わりにしましょう」


 二人と共に臨戦状態を維持したまま、魔女のところに近づいていく。


 俺たちがある程度近づいたところで、空気が揺れるような感覚があった。


「――まずい、魔術です」


 エルネスの声に反応して身構えた。


 極大の火球が飛んでくる。

 壁や天井がないせいか、遠慮なしの破壊力だった。


 俺とエルネスは自然と呼吸が合っていた。

 咄嗟に二人で氷の盾を作る。


 炎の威力が強すぎて、瞬く間に氷が溶けていく。

 どうにか防ぎきれたが、実力の違いを痛感させられた。


 上級魔術師が二人いながら、防御することしかできなかった。

 本気を出した魔女は危険すぎる。


「カナタさん、私たちは防御に専念すべきです」

「同じことを考えてました。シモンに攻撃してもらうしかないですね」


 俺とエルネスが視線を向けると、シモンは小さく頷いた。


 数的優位にありながら、劣勢に立たされていることをひしひしと感じる。

 闇に佇む魔女の姿が恐ろしい怪物のように感じられた。


 魔女は連続攻撃を仕掛けてこなかった。

 わずかながら、こちらの出方を窺うような間があった。

 

 シモンがその隙を突くように、光の剣で攻撃を仕掛けた。


 鮮やかな一薙ぎが直撃する瞬間、彼の攻撃は目に見えない壁に阻まれた。


「――そんなバカな!?」


 間合いを取り直したシモンだったが、動揺を隠しきれない様子だ。

 それは俺も同じだった。 


 彼の攻撃が効かなければ、こちらは防御に徹するしかない。


 全滅の二文字が脳裏をよぎったところで、シモンがこちらに戻ってきた。


「この剣でダメなら、後は魔術の攻撃しかありませんよ」

「シモン、それだと防御が手薄になる」

「作戦変更です。おれが守りを」


 そう言い終えたシモンの全身から淡い光が生じた。


「……これが人間の姿を残せるぎりぎりです」


 彼の声は消え入りそうなほど弱々しかった。

 両手は魔人のような緑色になり、首筋の辺りも色が変わりかけている。


「――はっ!」


 再び火球が飛来したところで、シモンが前に出た。


 彼は両手を正面に突き出し、魔術の壁のような物を発動した。

 炎を遮るように光の膜が展開される。


 押しこまれそうになったが、シモンは見事に防ぎ切った。


「ふうっ、何とかやれましたね」

「シモン、大丈夫なのか」

「たくさんは無理ですね。早めに決着を頼みます」


 シモンの言葉に頷き、攻撃魔術を準備する。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 敵が遠慮なしならば、こちらも手加減している場合ではないだろう。


 マナがショートしない程度に限界まで威力を高める。


 俺は両手を掲げて、雷魔術を発動した。

 激しい稲妻が魔女目がけて飛んでいく。


 エルネスの発動した火球も同じタイミングで向かった。


 二つの魔術は見えない壁にぶつかることなく魔女に直撃した。


 爆風と白煙が周囲に広がって視界が遮られる。

 手応えはあったので、ダメージは与えられたはずだ。 

  

「油断しない方がいいです。簡単に倒せるとはとても」

「ああっ、分かってる」


 ――俺も彼女と戦ったから。 


 瀕死の状態に追いこんだはずなのに、再度立ちはだかった。

 その生命力は尋常ではないだろう。


 敵の様子を注視していると、ふいに身体に違和感が現れた。


「……なんだ、この感覚」

「カナタさん、大丈夫ですか? ここまででずいぶん魔術を使いましたね?」

「はい、限界を超えていてもおかしくないかも」


 確実に決着が着くまではマナが足りてほしい。

 それは切実な想いだった。

 

 白煙が晴れると、服が破れて裸同然の魔女が佇んでいた。


 大幅なダメージを与えたはずだが、なおもこちらに敵意を向けている。


「――カナタさん、シモン、攻撃が来ます!」

「ここは任せてもらいますよ!」


 シモンが前に出て、魔女の攻撃を防ぎに入った。


 彼も限界が近いのだろう。

 露出した肌がさらに緑がかっていた。


 シモンは覆い被さるような炎を必死で防御している。

 威力が強すぎて、いつ破られてもおかしくない。


「――人間ども、そろそろ終わりにするか」


 今まで無言だった魔女が口を開いた。

 否、言葉というより音声のように脳裏に響いてくる。


「お前は危険すぎる。これ以上好きにはさせない」

「はっはっはっ、たった三人で何ができる」


 少女の姿から発せられているとは思えない歪んだ声音だった。

 ただただ不快で耳障りなノイズ。


 魔女は俺たちを虫けら程度にしか思っていないようだ。


 攻撃を防ぎ切ったシモンのところに駆け寄ると、満身創痍の状態だった。

 必要以上に力を行使すれば魔人になってしまうのではないか。  


「……シモン、もうこれ以上は」

「どうでしょう、あと一発ぐらいは防げそうですかね」


 いつもの調子で答えたが、明らかに限界が近づいている。


「シモン、あれを倒すにはどうしたらいい?」

「……方法はゼロはないですけど、あんまりおすすめできませんね」

「……教えてくれ。このままじゃ、全滅するだけだ」


 残された選択肢はゼロに近かった。

 こちらから攻撃できたとしても、これ以上は防御しきれない。


 もう一度俺とエルネスが魔術で攻撃したとして、確実に倒せる保障などなかった。



 あとがき

 いよいよ、エンディング間近です。

 もう少々お付き合いください。

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