エピローグ

 カナタとシモンの犠牲によって魔女は消滅した。

 異空間から戻されたエルネスの胸の中には強い喪失感があった。


 頭の中では自分が犠牲になるべきだったのか、他に方法はなかったのかという自問自答が繰り返されていた。


 茫然自失となった彼のもとに現実世界に残っていたオーウェンたちが近づいた。


「どうしたんだ、カナタとシモンは!?」

「二人は無事なのか、教えてくれ」


 エルネスは彼らのことをよく知らず、どう答えるべきか考えた。

 そして、力なく言葉を紡いだ。


「……二人は命を犠牲にして、敵を葬りました」


 エルネスの頬に一筋の涙がこぼれた。


 魔王との決戦後、敵の残党はオーウェンたちの勢力によって掃討された。

 エルネスは心ここにあらずな状態だったが、彼らに協力して戦いを終わらせた。


 状況が落ち着いた後、彼はドラゴンの背に乗ってウィリデへの帰路についた。


 到着後、カナタの行方を気にかけていた者たちに事実を伝えることは憚られた。

 しばらくして気持ちの整理がついた後、彼は周りの者や国王に報告した。

 

 それから数日が経過した。

 上級魔術師の地位を手にして、カルマンとの戦いに貢献したカナタのために厳かな葬儀が執り行われた。


 そこにはリサやエレノアの姿もあった。

 多くの者が彼との別れを惜しんで悲しみに暮れた。



 メリルはカナタの死を知った時、最初は信じられなかった。


 長い旅を共にした仲間であり、始まりの青に協力してくれた貴重な存在。

 それが彼女にとってのカナタであった。


 心にぽっかりと穴が空いたような日々が長く続いた。

 そのような状況でも、魔王討伐後に控えた掃討作戦は待ってくれなかった。


 彼女は戦士の一人として、いくつのもの戦いで身を粉にして戦った。

 

 気がつけば戦いは終わり、彼女たちの世界に平和が訪れた。


 緊張の糸が解けると、胸の穴はさらに大きくなっていた。


 ――命を賭した彼のために何ができるのか。


 メリルはそんなことを考えながら日々を過ごした。


 

 彼の死と向き合わずに忘れてしまえば、きっと楽になれただろう。

 しかし、生真面目な彼女の性格がそれを許すはずもなかった。


 平和が訪れてしばらく経った後、彼女はオーウェンに相談を持ちかけた。

 カナタのために記念碑を建てたいと。


 メリルは遺体がない以上、墓を建てたくはないと考えていた。


 どんな言葉を記念碑に連ねるべきか。

 彼女は真剣に考えた後、こう記した。


 ――異国より現れし勇者。魔王にもたらされた暗雲を払い、この地を救った。


「カナタさん、あなたのことは決して忘れません」


 カナタを弔うことで、本当の意味でメリルにとっての戦いが幕を閉じた。

 彼女はカナタとの思い出を胸に力強く生きていくだろう。


 やがて、質素ながら美しい造形の記念碑が建てられた。

 彼がこれを見ることができたなら、きっと、こう口にするはずだ。


 平凡なサラリーマンだった俺にしてはよくやった方だろうと。

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