たどり着いた集落
最初に休憩した場所から、さらに三時間近く進んだ。
視線の先に森が部分的に開けた場所が目に入った。
自然にそうなったというより、人工的に切り拓いたように見える。
周りに生える木々が少なく日光を遮るものがないので、他のところに比べて明るく開けた場所になっていた。
道の脇には、椅子代わりのように切り株を整えたものがいくつか並んでいる。
それ以外にもテーブルになりそうなものがひとつ置かれていた。
「ここは近くで作業する時の休憩場所よ。この辺りまで来れば集落は遠くないわ」
「ようやくゴールが見えてきた……。長い道のりだった……」
安堵感が全身からにじみ出そうなほど長い距離を歩いていた。
ベッドが近くにあったら、今すぐ瞬速で飛びこめる自信がある。
エルネスとリサは大して疲れていないように見えるが、俺はここに至るまでかなりの体力を消耗している。
森の中が悪天候だったらどうなっていたのやら。考えるだけで怖ろしい。
全身に疲労が蓄積していたが、足腰など下半身の疲労感が顕著だった。
一日の間にこれだけ歩いたのは人生で初めてかもしれない。
「……やっと、休める」
俺はすがりつくような気持ちで切り株に腰を下ろした。
それと同時にずっしりとした疲労感を全身に覚えた。
「よくがんばったわね。このペースについてこれるなら、フォンス行きもそうむずかしくないと思うわ。自信をもっていいんじゃないかしら」
リサは励ますようにいった。
この状況でそんな余裕はどこから出てくるのだろうか。
「リサさん、私を試していたんですね、ひどい」
疲れすぎたせいか口調がおかしくなっていた。
「あらあら、ごめんなさい。冷たく思えるかもしれないけど、フォンスに行く途中で動けなくなれば誰も助けられないから、その方が圧倒的に悲惨よ」
リサは涼しそうな顔で微笑んでいた。
彼女はわりとさっぱりした性格をしている。
「ふぅ、さすがに今回ばかりは少し疲れましたよ。森のエルフは街のエルフより丈夫なのだと分かりました。自然の中で生活すると必然的に鍛えられるのでしょう」
エルネスは両手を上げて降参したというようなポーズを見せた。
彼にしては珍しく、疲れを隠そうともしていない。
危険に遭遇しなかったこともあって、二人の緊張が和らいだように見えた。
森に入った直後よりもいくらか穏やかな顔をしている。
二人は危険な動物について警戒していたが、小さな野鳥、リスのような小動物を見かけたぐらいだった。あるいは運がよかっただけなのかもしれない。
「さあ、もう少しよ。出発しましょう」
リサのかけ声で俺とエルネスは立ち上がった。
切り開かれているのはここだけで、その先は同じように奥まで森が続いている。
念のため周囲を見回してみたが、脅威になりそうなものはなかった。
もうひと踏ん張りと自分に言い聞かせて足を前へと運ぶ。
限界を感じるほどの疲れではないので、目的地までは保つはずだ。
俺たちは休憩していた場所から出発した。
森の中が安全でないことは承知していたが、ここでの空気や吹き抜ける風はさわやかで快適そのものだった。
心洗われるような清々しさが全身に浸透するような不思議な感覚がする。
森林浴にはばっちりの場所ではないだろうか。
凶暴な獣を自分で追い払える人ならば、リフレッシュに最適かもしれない。
そんな呑気なことを考えていると、視界の端で何かが動く気配がした。
一瞬、見間違いかと思い、同じ範囲にじっと目を凝らす。
「カナタ、どうしたの――」
「……何かいそうだったけど、俺の目では確認できなかった」
「たぶん、モルスヒョウね。ずっとつけてきたのかしら」
エルネスも加わって、俺たち三人は道沿いに広がる森を注視した。
俺の視力では一度動いた瞬間しか見ることができなかった。
しかし、リサは何かを視界に捉えるように集中を解かずにいる。
俺は状況に呑まれていたことに気づき、慌てて魔術が発動できるようにした。
ヒョウが相手になるなら素早いはずだが、そんな相手に魔術を当てる自信はなかった。何が弱点になるのかもすぐには思いつかない。
やけに長く感じられる時間が続いた後、リサの離れていったわという一言で決着が着いた。気がつくと額から汗がこぼれ落ちていた。
「ヒョウには縄張りがあるから、そこを出てまで追いかけてはこないはずよ」
リサは同じ方を向いたままいった。
襲われずにすんだことでホッと胸をなで下ろした。
一度、魔術の臨戦態勢を解いて深呼吸した。
一時的なアクシデントが起きたものの、再び俺たちは進み始めた。
リサは大丈夫だと口にしていたが、緊張が拭いきれない感覚もあった。
周囲の様子に気を配りながら、ひたすら歩き続けた。
時間にして一時間ぐらいだろうか。
ヒョウの出没で緊張が走ることはあったが、それ以降は目立つ危険はなかった。
リサの話していた集落に近づくと、道沿いに生い茂る木々が徐々に減っていた。
道なりに歩き続けると、切り開かれた場所にいくつかの建物が建っていた。
手作りのログハウスのような雰囲気を感じさせる外観で、三角の屋根といくつか窓がついている。建てられてから新しいものと古いものが混在しているように見えた。
幼い頃に鑑賞したファンタジー映画でこんな風景を目にした気がする。
それまでの緊張感から解放されたせいか、ドッと疲れが出てくるように感じた。
ここに来るまでに何度か体力の限界が見えている。
「ここが私の住む集落メルディスよ」
リサは集落の入り口に立ってそう紹介した。
今は目に入る範囲で数人のエルフがいたが、その中に見覚えのある人影が混ざっていた。こちらが気づいたのと同じぐらいのタイミングで相手も気がついた。
「おやおや、カナタくん。メルディスへようこそ。君はわたしが見込んだ通りの人だったようだ。ここまで来られただけでも大したもの」
ヨセフが鷹揚な様子で近づいてきた。
心から歓迎しているというのを態度で見せてくれている。
「これはどうも。いやまあ、けっこう大変な道のりでした」
「ふん、たしかにそうだ。疲れているようなので、一度休んではどうかね。フォンスへの移動も残っているのだから無理は禁物だろう」
リサに比べてこちらに甘い穏健派が現れた。
ヨセフは優しいと記憶しておこう。
「それはありがたい。お言葉に甘えさせてもらいます」
「リサ、客人用の部屋に彼を案内しておくれ。あと、あまり無理はさせてはいかん。人はエルフのように丈夫ではないものだ」
ヨセフはリサに釘をさすようにいった。
その様子から上下関係が分かるような気がした。
「はい、わかりましたー。それじゃあ、カナタこっちにきて」
彼女は少し不服そうにしていた。
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