ウィリデへの馬車

 俺たちはフォンスの中心部レギナを出発した。

 行商人トマスの操る馬車でウィリデへ戻るところだ。

 

 短時間で城壁を出て、すぐに大森林に至る街道に出た。


 行きはひたすら歩いてきたが、自動的に進む馬車は快適そのものだった。

 多少の揺れはあるものの、そこまで苦になるほどではない。


 この感覚は生まれて始めて車を運転した時に似ている。

 自分の足で歩かなくていいし、自転車のようにペダルを漕がなくてもいい。

 

 進行方向に目をやると前方の景色が見えた。

 パカラ、パカラと馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえる。

 

 一見優雅な旅のように見えてしまうが、実際はそうではなかった。

 ウィリデの同盟国フォンスに危機が近づき、エルネスは大金をはたいた。


 自分はどうなのかというと大森林に入れば護衛の役割を担う必要がある。

 魔術が使える以上、一定の責任が求められることは間違いなかった。


「ねえエルネス、ほんとにカルマンが攻めてくると思う?」

 

 俺が物思いにふけっているとリサが口を開いた。

 

「滅多にカルマンを出ないドワーフがフォンスに来たということは、おそらく」 

「俺はリカルドが嘘を言ってるようには見えませんでしたね」

「僕も同じ印象でした。こんな切迫した状況は初めてで戸惑いました」

 

 珍しくエルネスが弱音を口にした。

 

「戦争が起きようっていうんだから、そうなりますよね」

「これからどうなるのかしら。ウィリデもカルマンと戦わないといけないとか」


 そこまで言葉に出さなかっただけで、二人とも不安を感じているようだった。

 かくいう俺はリカルドに協力したいものの、いまいち現実感がなかった。

 

 日本では紛争や世界情勢の報道を目にすることがあるが、海を隔てた遠い国の出来事を自分のことに結びつけられなかった。今回も多少そんな節がある。

 

 考えれば考えるほど、天国から地獄に突き落とされたような感覚を抱いた。

 予定では、レギナを散策してのんびり帰るはずだったのに……。


「ウィリデは上級魔術師が複数いるだけでなく、大森林という天然の城壁があるので、すぐに危険が迫るということはないでしょう」

「あそこを突破するのに時間かかりそうですよね」

「ただ、フォンスが応援を要請した場合、援軍を出す必要に迫られるはずです」

 

 エルネスは顔をしかめていった。

 俺はウィリデとフォンスの関係について、大まかな知識しかない。

 

「それじゃあ、エルネスもその中に入るかもしれないんですか?」

「ええ、戦力になりそうな魔術師が選ばれるはずです」


 それを聞いて、いよいよ他人事ではないと思った。


 いざとなれば、村川の装置で日本へ帰ることもできる。

 しかし、世話になっておいて、それではさようならというのは薄情がすぎる。

 

 そこで会話は途切れて、パカラ、パカラと蹄が立てる音に意識が向いた。

 馬が歩くペースはそれなりに早く、進み具合は順調だった。 

 

 御者台に座るトマスにも会話は聞こえたはずだが、彼は何もいわなかった。

 俺の目にはその様子が運び役に徹しているように映った。

 

 彼だって商売をする上で、フォンスとウィリデは切り離せない存在のはずだ。

 ただ、行商人という立場からつかず離れずを決めこんでいるように思えた。


 先行きの不安からか、俺たちは少しずつ静かになった。

 自分から話そうという気にもならなくて、外に見える景色を眺めていた。


 起伏が少なく平坦な道が続くこともあり、馬車は順調に進み続けた。

 

 徐々に退屈を覚えた頃、どこかで馬車が止まった。

 腕時計を見ると出発から数時間が経過していた。


「ここで一旦休憩だ。馬を休ませたい。あんたらも食事を済ませてくれ」

 

 トマスは淡々とした口調でいった。


「トマス、ありがとう」

「食事? ……ああっ、そこに食堂があるのか」


 俺たちは荷台から外に出た。

 フォンスから大森林の途中のどこかにいるようで、景色に見覚えがあった。


 馬車の近くには行きに通過した記憶のある食堂が建っていた。

 少し年季の入ったように見える外観をしている。


「しっかり食べないと護衛もままならないからな。ここはいけると思うぞ」

 

 トマスはそういって馬の手入れを始めた。


「それでは行きましょうか」


 エルネスが先んじて食堂のドアを開いた。

 それに続いてリサが入り、俺も中に入った。


 四角い大きめのテーブルと椅子が等間隔で並び、店全体に使い古したような色合いを感じる。

 好意的ないい方をするなら味があるという表現になるだろうか。


 今はかき入れ時ではないようで、客は俺たちだけだった。

 

「いらっしゃい」 

 

 全員が席につくと、しわがれた声の中年女性がやってきた。


「ふんふん、三人分だね」

 

 彼女は人数を確認してそのまま店の奥へ行ってしまった。


 雰囲気的にそちらの方に厨房があるらしく、料理をしているっぽい音がする。

 この世界の食堂でお冷やお品書きは期待しないが、大雑把な印象を受けた。

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