ゴブリンの巣窟を捜索

「お見事です。圧倒的でしたね」


 決着がつくとメリルが近くにやってきた。    


「推測だけど、この辺は弱いモンスターしか配置されてないみたいだね」

「仰る通りです。人口が多い都市、食料や資源が多い場所ほど、屈強なモンスターが厳しい監視を行うことが多いです。それにしても、よく分かりましたね?」

「推測だよ、推測。何となく予想できるもんだよ」


 過去にプレイしたRPGでは、辺境ほどモンスターが手ぬるい法則があった。

 スタート地点周辺はスライムしか出ないみたいな。


 この世界、この地域はゲームの中ではないものの、理に適った法則だと思った。

 魔王がいるとして、主要な都市ほど強いモンスターを配置しているのだ。


「ところで……」


 オークは絶命した時、霧散するように消滅した。

 しかし、ゴブリンは三体とも凍りついたまま存在している。


 俺は目線で指し示すようにメリルの方を向いた。


「ええ、まだ生きています」

「そうか、凍らせたぐらいじゃ死なないのか」


 魔術でトドメをさせるなら抵抗は少ないが、刃物や鈍器で倒すのは抵抗がある。

 ずるいことだと分かっていても、手慣れたように見えるメリルに頼みたい役割だった。

 

「このままにしておくわけにはいかないので、わたしが」


 メリルは拳を握りしめると、金づちを使う容量で小指側から振り下ろした。

 強い衝撃が加わり、ゴブリンの頭部が転がり落ちた。


 彼女は同じ動作を続けて三回、躊躇(ためら)いを感じさせない様子で繰り返した。

 

 さすがに首を取られては生存は不可能なようで、三体とも消滅していた。


「さてと、この後はどうする?」

「もちろん、あの中を調べに行きます」


 目的の人物が移送された件は聞こえていたはずだが、穴の中に向かうようだ。

 気は進まないものの自分だけ残るわけにもいかず、ついていくことにした。


 巨木を間近で眺めると、圧倒されるような迫力があった。

 

 地表をうねるように伸びる根は生き物のようにも不思議な造形物のようにも見える。少なくとも、日本では目にしたことのない種類だ。


「さすがに松明(たいまつ)は持ってないよね? 俺が先に行くよ」


 灯りを持たないメリルに先行させるのは後ろめたさがある。

 危険は承知の上だが、慎重に先を進むことにした。


 ゴブリンたちの巣窟は根の下に丸い穴が掘られており、入り口の手前はゆるやかな斜面になっている。


 俺はそこを下りきったところで、魔術を発動した。

 左手の掌を上に向けて、その先に小ぶりな炎を浮かべる。


 もっと明るくした方が便利なものの、出力を上げすぎると燃え移りそうだった。

 メリルはすぐ後ろにいて、剣の柄に手を当てて臨戦態勢に入っているようだ。

 

 周囲をもう一度確認してから、一歩ずつ足を運ぶ。


 ゴブリンたちは背が低かったのに、くぐった入り口はそこまで低くなかった。

 人間が出入りしているようにも思えないので、気にしすぎだろうか。


 そこから穴の中を進み始めると、内部は意外に広かった。

 少し屈(かが)むだけで問題なく、身動きに困るほどではなかった。 


 火の魔術が周囲を照らしているが、今のところは異常なしだった。


「……何だか臭うな」

「ええ、何の臭いでしょうか」


 苔のような湿った臭いと傷んだ食べ物のようなすえた臭いが漂っている。

 彼らはとても掃除好きには見えなかったので、床を調べれば汚物やまともに目を当てられないようなものが転がっていてもおかしくない。


 足元に注意しながら、ゆっくりしたペースで先へと進んだ。

 まるで、土の洞窟を歩いているような気分だった。


 少し経ったところで、ふと違和感を覚えた。

 何となく先へ進むことへの抵抗感が湧き、足が重くなったように感じられた。 

 

 俺は戦いの経験を積み重ねてから、直感が働くことが増えていた。

 そのため、今も同じようなことが起きているかもしれないが、すでにゴブリンたちを倒した後なので、この先に脅威が待つとは考えにくい。

  

 あえてメリルに伝える必要もないと判断して、そのまま移動を続けた。


 入り口から二十メートル以上は進んだところで、さらに空間が広くなった。

 途中までは通路のような感覚だったが、ここは部屋のように思われた。


 中にはゴブリンたちが持ってきたと思われる机や調度品が置かれている。

 彼らが掘ったのだろうが、ずいぶん広い穴だと思った。


 ふいに先ほどと同じような違和感を覚えた。

 何の気配もするはずもないのに、この広い空間に何かがいるような気がした。

 

 ――この感じは……。


 俺は慌ててメリルの身体を空いた方の手で制した。

 勢い余った彼女の胸に触れて気まずい思いだったが、そんなことを気にしている場合ではない。 

 

「カナタさん、どうしました?」

「……奥に何かいる」


 すでに燃え移る心配もなくなったので、炎の勢いを強めた。

 土の壁に覆われた空間が照らし出されると、その奥に異形の姿があった。


「ちっ、暗がりから狩ってやるつもりが気づかれたか」


 三兄弟は小学生か中学生ぐらいの背丈だったが、こちらのゴブリンは彼らよりも背丈が高い。それに装備もしっかりしている。


「……この広さで接近戦は厳しいな」


 武器を持った相手と狭い空間で戦う。

 魔術を使うになってから初めてのケースだった。

  

 過去にオオコウモリと遭遇した時は危険な状況に陥ってしまった。

 しかし、経験を積んだ今、無我夢中で戦うようなことは避けたい。


「メリル、あのモンスターと戦ってもらえないか? もちろん援護はする」

「――はい」


 彼女は剣を鞘から引き抜くと、こちらを窺っていたゴブリンに斬りかかった。


「気が早いな……」


 俺は魔術を発動できるように集中すると、戦いの成り行きを見守った。

 

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