騎士の誇り

「フォンスの野郎、しぶといじゃねぇか」

「囲め、囲め、敵は二人しかいないぞ!」


 攻撃をかわし、時に手にした剣で斬撃を受けながら、クルトは応戦していた。

 噂通りにカルマン兵の連携は不十分だったが、力強さと勢いは危険だった。

 

 少しずつ体力が削られ、時間が経つにつれて劣勢になっていた。

 彼が追いこまれたところに連撃がこないことで、どうにか防ぎきれている。


 一方のシモンは自らを囲む敵を上手く分散させて、一人一撃で仕留めている。

 彼はクルトの様子に目を向けていたが、助けに行けるほどの余裕はなかった。

 

 シモンの方がクルトよりも前方に陣取っているため、必然的にシモンの方に敵が集中しやすくなっている。


 クルトはこれまでの人生の中で、もっとも厳しい戦いだと実感していた。

 二人だけでは退くことは許されず、敵を殲滅する以外に生き延びる方法はない。


 このまま戦い続ければ、体力が低下して動きが鈍ったところを攻められる可能性が高い。


 クルトはぎりぎりの状態の中で、いかにして敵を打ち倒すか、いかにして生き残るかを考えていた。絶え間ない攻勢を前にして、軽やかな身のこなしに陰りが見え始めた。

 

 初めのうちは彼が見事な反撃をカウンターの要領で繰り出していたが、速さを保てなければ動きが読まれやすくなってしまう。じわりじわりと窮地に追いこまれていた。


「クルト! どうにか踏みとどまってください!」


 体力に限界が見え始めたクルトだったが、シモンに檄を飛ばされたことで、息を吹き返した。

 彼のやることには何か意味があるはずだと、クルトは信じていた。


 剣を振る速度に勢いが増して、クルトを囲んだ敵たちは怯んだ。

 彼は一撃、また一撃と攻撃を当てて、敵の数を減らしていく。


 クルトは獅子奮迅の働きで、劣勢を跳ね返さんとばかりに戦っている。

 誰がどう見ても体力の限界を迎えそうな状況にありながら、無心に剣を振るい、攻撃をかわし、絶望的に見える戦況に耐えていた。


 神がかった戦いぶりを見せながらも、彼自身はここで倒れたとしてもかまわないと感じていた。それほどまでに極限の状態にあり、役目を全うしたという満足感が生じ始めている。


「……たとえ、腐りきった王や大臣がいようとも、生まれ育ったフォンスのためにこの命を賭けられるのなら、騎士の誇りは守られたというもの」


 クルトから鬼気迫るものを感じたのか、彼を囲んでいたカルマン兵たちが怯んで互いに顔を見合わせた。それほどまでに今のクルトは気迫がみなぎっていた。


 この場で彼を一対一で倒せるものがいるとするならば、比類なき強さを誇るシモン以外には存在しないだろう。しかし、多勢に無勢な状況に変わりはない。


 何人かの敵は彼の隙を窺いながら、ふたたび攻撃を仕掛ける機を探り始めた。

 数に物を言わせる戦い方は、まるでクルトたちに援軍が来るはずがないと察しているかのようだった。

 

 これだけ一箇所に人数が集中していれば、飛び道具が使える相手にとって絶好の的になる。

 だが、彼らは他のことを警戒する様子は見せず、クルトを数で上回る戦法で息の根を止めようとしている。細かい作戦や配慮は感じにくい動きだった。

 

 時間を稼がれるほど、消耗の激しいクルトには不利な状況だった。

 援軍が見こめるならば、この時間はカルマン兵たちの劣勢につながりかねないはずであるのに、国境近くの戦いとは思えないほど、悠長な構えを見せている。


 クルトは意識が朦朧としながらも、時間を稼がれるのは危険だと感じていた。

 自ら斬りこんで、己を取り囲む敵に鋭い剣戟を与える。


 普段ならば人を斬る時に、いくらかの躊躇いを覚える彼だったが、極限の状況において、そのことに意識を傾ける余裕はなかった。


「ここで死んじゃだめだ! クルト、あんたはこの国の王になるんだ!」


 シモンの悲痛な叫びが戦場に響き渡った。

 クルトは初めて聞くその内容に耳を疑った。


 いつ意識が飛んでもおかしくない彼にとって、それは幻聴のようにすら思えた。

 シモンは彼に王になれなどとは、一度も口にしたことはない。


 気まぐれにフォンス防衛の手伝いをして、そのうち去っていくだろう。

 出会ってすぐの頃、クルトはシモンのことをそんな風に捉えていた。

 

 しかし、行動を共にするにあたって、彼の思いやりや外には出さない芯の強さに好感を抱くようになった。その感情は旧知の友人へのそれによく似ていた。


「――もう少し! もう少しだ!」

「何をそんなに必死になって……」


 クルトは言葉を発するのもやっとの状態だった。

 まるで糸の切れた人形が闇雲に剣を振るっているように見える。


 そんな状態でも敵が攻めきれないのは、彼を踏みとどまらせている気迫であり、来るもの全て斬り倒すと言わんばかりの鋭い眼力だった。


 人間が極限状態で出せる力など、そこまで長時間保てるものではない。

 ふいにクルトは自らの限界点を察して、いよいよ最期の時が迫るのを感じた。


「……父上、僕は騎士としての役目を全うしました」

「――クルト! ああっ、どけっ!」


 シモンは敵の包囲を振りほどこうと、尋常ならざる速度で剣を振るい続けるが、その数はクルトの周りとは比べ物にならず、一人で相手にしていることがにわかに信じがたい人数だった。


 限界の到達したクルトは、自ら斬りこむ余力はなく、せめてもの時間稼ぎにと防御の構えを見せた。

 先ほどまでの鬼気が影を潜め、隙だらけであることを確認してから、カルマン兵たちは一気に距離を詰めた。


「クルト! クルト!」


 フォンスの騎士クルトは、生まれて始めて己の死を意識した。

 剣の一振り、一歩の足さばき、何をするのも不可能な状況だった。


 もはや万策尽きたかに思えたその時だった。

 空中を稲光が走り、彼を取り囲んでいたカルマン兵たちがその場に倒れこんだ。


「……ようやく、来てくれたか」


 シモンはクルトの後方を見ながら、ぽつりとこぼした。

 そして、彼は怒涛の攻撃で敵を蹴散らしていく。


「エルネス、これはけっこうヤバい状況ですね」

「にわかに信じがたいと思っていましたが、まさかここまでカルマンが攻めてくるとは……。カナタさん、気を引き締めていきましょう」


 途切れかけた意識の中で、クルトの耳に聞き慣れない声が届いた。

 一人はエルフで、もう一人は戦場には似つかわしくない軽装備で、見慣れない服を身につけている。

 

「……あとは、君たちに任せた」


 クルトは剣を握ったままの状態で、その場に倒れこんだ。

 窮地にあることは変わらないはずなのに、やりきった満足感から彼は微笑みを浮かべていた。かろうじて息はあるが、気を失っている。


 彼の前方ではシモンが立ち回り、後方では二人の男たちがカルマン兵に向けて、身構えていた。戦闘はまだ継続している。

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