市街戦からの撤退

 どれだけのモンスターを倒しただろうか。

 俺たちは渾身の力を振りしぼって乱戦をしのいでいた。


 メリルはこれまで戦った中で一番の動きを見せているように感じた。

 剣捌きによどみがなく、すでに数体のモンスターを斬り伏せている。


 それでもなお、向かってくる敵は数知れず。

 周辺で戦っていた彼女の仲間も押され始めている。


 俺はマナに余力があって問題ないが、メリルの剣は連戦で刃こぼれを起こしていて、どれだけ使い物になるか分からない。体力にも限界があるだろう。


 ――このまま戦闘を続けたら、彼女が討たれる可能性がある。

 

 どこかへ逃げるべきか考え始めたところで、突然笛のような大きな音が響いた。

 

「――これは、撤退の合図です」

「本当? 一体どこへ……」


 判断に迷っていると、軽い身のこなしの男が近くにやってきた。


「すげえ戦いっぷりだったな。ここから退くからついてきな」


 俺とメリルは互いに顔を見合わせたが、どちらともなく頷いて男に同行した。


 周囲はところどころ瓦礫が散乱しているのに、男の足取りは軽やかだった。

 必死で進まなければ置いていかれそうだ。


 戦っていたばかりの状況では体力的にぎりぎりのところだった。

 隣にいるメリルも、俺と同じように息が上がっていた。


「ふぅ、はっ、大丈夫かい?」

「はい、何とかついていけます……」


 無我夢中で走り続けると、男の後に続いてどこかの建物の地下に滑りこんだ。


「はぁ、はぁ……」

「……ちょっと、無理をしました」


 息も絶え絶えのメリルはその場に座りこんでしまった。

 振り続けた剣の柄には豆が潰れたような血がついている。


 若く細身の彼女には過酷すぎる状況だと感じた。


 誰かにやらされているのなら止めるべきだと思うところだが、自発的にしていることに水を差したくはなかった。そんな複雑な気持ちで彼女の姿を見つめた。


 息を整えて落ち着いたところで周囲の様子に意識が向いた。

 何かで岩石をくり抜いたような場所のようで、何もない殺風景な場所だった。


 クリーム色の岩壁を沿うように金属製の支柱がむき出しになっている。

 モンスターたちは見当違いな方面に向かったようで、少しずつ喧騒が遠ざかっていた。


「オレはリュート。始まりの青のメンバーだ」


 軽い身のこなしで助けてくれた男が声をかけてきた。 


 ワックスで固めたような動きのある茶髪の若者で、人当たりのよさそうな性格に見える。同じ組織ということはメリルの仲間にあたるのだろうか。

 

 彼は素早い動きをしていただけあって、甲冑の類は身につけていない。

 比較的軽装の防具を着用して、長槍を携えている。


「……はじめまして、俺はカナタで、彼女はメリル」


 疲労困憊のメリルに代わって自己紹介をした。


「メリル……あんたは組織の一員だよな?」

「……はい、そうです」

「おおっ! ここまで来れたってことはアルヒ方面は上手くいったんだな!」

 

 リュートは無邪気な笑顔で喜んでいる。

 きっと、オークやゴブリンたちを倒したことを話しているのだろう。


「ここにいるカナタさんの協力のおかげです」

「二人で戦ったからここまでこれたんだ」


 こちらの世界で生きる上で彼女の手助けは心強かった。

 魔術の力で貢献できたのならそれで十分だった。


「それにしても、魔術師なんて初めて見たぜ。本当にいるんだな」


 リュートは尊敬とも好奇とも見える眼差しでこちらを見た。

 俺は気恥ずかしくなってすぐに目をそらした。


「カナタさんはここよりもはるか遠い国からきたそうなんです」


 メリルはそう言いながら立ち上がった。


「まだ座っていても」

「いえ、だいぶ落ち着きましたから、大丈夫です」


 手を貸そうとすると、彼女は気丈な様子でこちらを制した。


「味方全体が消耗しちまってるが、ここにいつまでもいるわけにはいかねえ」

「移動するのかい?」

「ああっ、地下通路を通って拠点に向かう。動きがあったらついてきてくれ」


 リュートはそう言い終えると離れていった。

 近くにいるのはメリルだけになり、他の戦士は少し離れたところにいる。


 ふと戦闘中に気がかりだったことを思い出した。


「メリル、剣がだいぶ傷んでいたけど」

「……はい、移動が済んだら取り替えてもらおうと思います」


 メリルは剣を収めた鞘をじっと見つめた。

 厳しい状況に置かれているが、透き通った瞳に迷いの色はなかった。 

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