束の間の休息
この場にいる全員が事態の重大さに気づいたかのように、部屋の雰囲気が重たくなったように感じられた。
ルースは何かを考えているようだが、少しの間をおいて再び口を開いた。
「……それはあんたの言う通りかもしれんな。でもまあ、フォンスのお偉いさんたちも間抜けではないだろうから、危険人物には目を光らせてるんじゃないか」
「ううん、それはたしかに」
いくら平和ボケしていたとしても、対立する国の兵士らしき人間を素通りさせるとは考えにくい。カルマンの者だと分かっていて、スルーしていたとしても不思議ではない。そもそも、この世界の住人たちと自分では価値観や物事に対する捉え方が違うのだから判断できるはずもなかった。
「まあ、むずかしい話はこの辺にしておこうぜ。万が一カルマンが攻めてくるにしても、そうそうフォンスを侵攻できるもんじゃないし、何十年も前の時も成功してないんだ」
「彼の言う通りですね。カルマンは多少の打撃を与えたとはいえ、攻めきれずに撤退している。ウィリデとフォンスの同盟もありますし、そこまで心配する必要はないのかもしれません」
エルネスが落ち着いた口調で話した。
「宿屋の主人としちゃあ、物騒な事件は客が遠ざかるから歓迎できねえけどな」
ルースが冗談めいた調子でいった。
三人で話しているうちに時間がすぎていった。
遠い世界でこうして会話に花を咲かせるのも悪くないと思った。
「……ふわぁ、よく寝た」
会話を続けていたところで、階段からリサが下りてきた。
「お嬢ちゃんが起きてきたか。それじゃあ、そろそろ飯にするか」
ルースは立ち上がって厨房の方へ移動した。
「おはよう。元気そうだね」
「ちょっと疲れたけど、眠ったら疲れはとれたわ」
リサはゆっくりとした動きで、俺たちの近くにある椅子に腰かけた。
「フォンスまでの道のりはリサがいないと困るからなあ」
「ふふっ、任せて」
リサは自信ありげに笑みを浮かべた。
三人で話していると、厨房の方から何やらいい匂いがしてきた。
旅の移動で満足な食事が取れなかったこともあって、エルネスとリサの二人も夕食の進捗に関心があるように見えた。厨房の様子が気になるようだ。
「デンスイノシシの肉が好きなんです。まさか旅先で食べることになるとは」
「お腹空いたあ。睡眠も大事だけど、食事も大事よね」
二人が元気そうなのでなんだか安心できた。
彼らに負担をかけすぎるのは望まないが、頼りにしている面も多々ある。
おそらく、最初の頃はガイドや師匠的な見方が大きかったものの、今では仲間という感覚が強くなっていた。頼れない状況になることが心細いというより、なるべく元気でいてほしいという気持ちの方が強いと感じる。一緒にいられることが心地よいのだと思う。
「あいよ、待たせたな、イノシシの薬草焼きだ」
ルースがどうだと言わんばかりに料理を運んできた。
テーブルには順番に運ばれた三つの皿が乗っている。
すでに見た目の時点でレベルの高い料理に見えた。
「……エルネス、フォンスの人は料理が得意だったりするんですか?」
「いえ、特別そういうわけではないと思います。ルースの腕がいいのでしょう」
エルネスもまんざらではないといった表情だった。
美味しそうな料理を前にすればそうなるだろう。
「さあ、食べましょ。美味しそうよ」
「うん、そうしよう」
ここもウィリデと同じく木製のフォークとナイフだった。
俺たちはそれぞれ手にとって、思い思いに食べ始めた。
だいだい色の皿の上に切り分けられたステーキのように肉が並べられている。
その上に細かく刻んだ緑色の葉が添えられて、きれいな彩りを作っていた。
肉以外に付け合せの野菜もいくつか乗せられており、皿の片隅にライスが添えられていた。ライスといっても白米に精製する技術はないようで、玄米のように少し茶色がかった色をしている。
ひとしきり料理を観察してから、フォークに刺した肉を口へと運んだ。
ソースの風味が豊かで薬草の香りが口の中に広がっていく。
肉そのものは調理法のおかげで臭みはなく、適度に脂がのっている。
噛みしめるたびに広がる肉汁の旨味が食欲を刺激していった。
気がつけば、俺たちはほとんど無言のままで料理を口に運んでいた。
ウィリデのフランツの料理も美味しかったが、こちらはこちらで上品ながら味を追求した高度な料理だと感じた。美味しい料理を食べられる喜びが高まっていた。
「いやあ、美味しかったな」
「こんなに美味しいイノシシ料理を食べたのは初めてです。来てよかった」
「エルフは米が苦手というのをゼロにするぐらい美味しかったわ。食べすぎた」
俺たちは食事を終えて、ルースのいれてくれたお茶を飲んでいた。
エルネスとリサはおいしい食事ができて満足そうな顔をしている。
「朝にここを出てフォンスに向かうわ。一日あれば中心部には行けるはずよ」
「いよいよ、フォンスの街に着くのか」
実感はそこまでないものの、まだ見ぬ街の様子に心が躍る感覚があった。
知らない世界を旅することがこんなにも楽しいのなら、地球にいるうちにもっと色んな場所へ行っておけばよかったと思う。まずは次の街を目指そう。
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