フォンスの街レギナ

 翌朝、ルースに礼をいって宿を出発した。

 清潔で過ごしやすいところだったので、だいぶ疲れが取れた気がした。


 昨日は曇りがちな天気だったが、今日は天候が回復している。

 浮かぶ雲の数は少なく、眩しい太陽がその存在感を十分に発揮していた。


 エルフの二人は英気を養えたようで、昨日よりも元気そうに見えた。

 先頭を歩くリサの足取りは軽く、どんどん前に進んでいる。


 この先はいくつかの街を抜けてフォンスの中心部へ向かうらしい。


 そもそも、フォンスへ行ってみたいという個人的な要望のためにここまでついてきてもらったが、具体的に何をしたいかまではしっかり考えていなかった。今の流れだと観光をしてウィリデへ帰るような感じになりそうだが、それはそれでかまわない気がした。

 

 ルースの宿周辺は自然が広がっていたが、道を歩いていると少しずつ田畑が増え始めて、人家も目に入るようになっていた。すれ違う人の数も多くなり、中心部に近づいていることを実感した。


 俺は歩きながらフォンスの中心部に到着してからの行動について考えていた。

 旅に出たきっかけは村川の話だったとはいえ、少々無計画だった気がする。


「フォンスについてから、何をしようか考えてるんですけど……」

 

 俺は隣を歩くエルネスに話しかけた。


「僕も同じことを考えていたところです。行ったことがない者同士ではいい案も出ないと思うので、ここはリサに聞いてみるのが賢明でしょう」

 

 俺たちは少し前を行くリサに声をかけた。

 彼女は歩く速さを緩めて話し始めた。


「うーん、フォンスはウィリデに比べたら色々あるけど、初めて行くなら水の宮殿は見ておいた方がいいわね。なかなか立派な建物よ」

「へえ、ありがとう。どんなところか楽しみだな」

 

 スマホがあればすぐさま現物を調べることができるが、そういったことができないので想像が膨らむ点は面白いと思った。


「それより、その先の予定はどうするの? 色んなところに行ってみたいらしいけど、フォンスの先はカルマンだから、そこから先へ進むことはできないわ」

「ああっ、たしかに……。その後はどうしよう」

 

 それは最初から頭の片隅にあったことだった。

 

 訊ねられるには今更なタイミングという気もしたが、彼らは日本人に比べてのんびりしているので、すぐに何を何のためにどうするかを求めることは少ない。そういった経緯からさほど気にしていなかったのだろうと判断した。もっとも、カルマンのことは警戒しているようで、その手の話題には反応が早い。


「なるべく自由に行動して見識を深めてもらえたらと思っていますが、僕もカルマン方面に近づくのは賛成できません。それ以外でしたらカナタさんの好きなように決めてください。もともと、護衛兼魔術の指南役程度のつもりでいましたから」

 

 エルネスの言葉に肩の荷が下りた気がした。

 行くも戻るも自由ということだ。


「はい、それじゃあフォンスを回ったら、一度ウィリデに帰る感じでお願いします。村川のやつが元気にしてるか気になるので」

「わかりました。そうしましょう」

「そうね、私もそれでいいわ。カナタを案内する役目だし、本人がいいなら」

  

 今回の旅がどう終着するか決まったことで、ホッとするような気持ちになった。

 またどこかへ行きたい時は出直せばいいのだから、ウィリデへ引き返すというのはそう悪い話ではないだろう。それに大森林を抜けていった男のことも少し気にかかる。


 心が軽やかになると、身体もそれに応じて軽くなるような気がした。

 足取りも軽くフォンスの中心部へ向かった。


 それから道中の食堂で休憩したりしながら、何時間か歩き続けた。

 連日の移動で足が疲れていたものの、目的地が間近ということもあって、不思議と気力は充実していた。もともと走る習慣はないが、ランナーズハイみたいなものかもしれない。


 やがて、道の先に規則的に広がる木々が立ち並んでいたかと思うと、そこからさらに進んだ先にウィリデよりもけた違いに大きな城壁が広がっていた。その光景に息を呑んだ。


「さあ、着いたわね。ここがフォンスの中心地レギアよ」

「……ここが」

  

 高さは二、三階建ての建物ぐらいで、左右に果てしなく広がっている。

 城壁そのものは石灰色をしており、壁のように真っ平らというわけではなくて、周囲を目視できるように物見のようなでっぱりが等間隔で目に入る。カルマンとの関係も影響した作りなのだろう。


「ちなみに、あんまりキョロキョロしてると衛兵に目をつけられるから」

 そういってリサは手招きした。 


 ウィリデでは門番的な役割をしていたが、ここの衛兵は城壁の上を巡回しているみたいだった。防具を身につけた人影が見回りながら歩いている。


「……ああっ、ありがとう」

「街の方へ行きましょ」


 俺たちはそのまま前に進んだ。

 城壁をくぐっていくと、その先にはたくさんの建物が並んでいた。

 

「ウィリデに比べると建物が多いね」

「フォンスの街がここまで栄えているとは……」

 

 初めてやってきたエルネスは驚いているように見えた。

 ウィリデ以外の街を知らなければ、それなりにインパクトは強いだろう。


 大きさにバラツキはあれど朱色の屋根に白い外壁という建物がほとんどだった。

 日本にいた時、ヨーロッパの海外紀行番組で似たような街並みを見た気がするが、どこの国だったか忘れてしまった。東洋と西洋なら後者の空気を感じさせる風景なのは間違いなかった。

  

「とりあえず、お腹は空いてないから、宿探しにする?」

「急ぐほどではないけど、日暮れまでそんなに時間があるわけじゃないし、そうしましょ。何軒か候補があるから案内するわ」


 引き続きリサが先導するポジションに入った。

 見知らぬ街で野宿などできないので、泊まる場所探しは重要だ。


 街に入ってから通行人がだいぶ増えている。

 ウィリデと同じく白い肌に明るい髪色をした人が多い。


 当然ながら自分のようなアジア系の風貌をした人は目にしない。

 それに加えてエルフもほとんどいないように見えた。


 ウィリデではそこまで気にならなかったが、近くを歩く人が物珍しそうにこちらを見てくるのは少し気になった。こんな外見の人間を見たことがないから不思議に思うのかもしれない。

 とりあえず、絡んでくるような人はおらず、無害なので放っておいた。

 

 それからしばらく歩いたところで、リサが一軒の建物に入っていった。

 入口前にある控えめな看板を見ると宿屋と書かれていた。


「あちゃー、ここはいっぱいみたい。次のところを探しましょ」

「仕方がないか。他のところが空いているといいな」


 俺たちのヴェルナでの最初のミッションは宿探しということになった。

 日は徐々に傾き始め、日没までに見つかることを願うばかりだった。

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