流浪の剣士シモン
「いらっしゃい……こんなところに騎士殿が何か用ですかい?」
クルトが訪れたのはレギナの外れにある探検者組合の建物だった。
受付のようなところにいる男は歓迎していないと言わんばかりに、不躾な視線と皮肉をこめるような言葉をクルトに向けた。
「……依頼をしたい」
「騎士殿が依頼を? なんですかい、汚れ仕事ですかね」
「ふざけるな、急いでいる」
クルトが鋭い視線を送ると男はたじろいだ。
そして、近くの棚から書類のようなものを取り出した。
「……失礼しやした。それでどんなご依頼で」
「戦力になる人間がほしい。予算に糸目はつけない」
「戦力……どこかと戦争でもおっ始(ぱじ)めようっていうんですかい」
男は皮肉というよりも少し不安げな表情で言葉を返した。
ただ、クルトの糸目はつけないという発言に魅力を感じているようにも見える。
「ちょっとした諍いを収めたいだけだ。少数精鋭で構わない」
クルトはもとよりたくさんの人数が集まることを期待していなかった。
有事の際に時間稼ぎができればそれで十分だと考えていた。
「へえ、それでしたら……何人か見繕えますがね。ちょうど、遠方の国から流れてきたやつが仕事を探しにたずねてきたところで、いくつか依頼をこなした感じではなかなかのもんですね」
「……遠方、ウィリデやカルマン以外のか?」
「カルマンは論外ですが、ウィリデなら魔術師と相場は決まってるもんで。聞いたことはない国ですが、まあ腕はたしかです」
騎士とはいえ市井に近い生活を送るクルトは、男の表情がいくら出せるのかという意思を意味していることに気がついた。
「わかった、その男を雇いたい。いくらだ?」
「1000レガルです」
ほぼ即答だった。
「……糸目はつけないと告げたとはいえ、足元を見ているな」
「もう少し低予算で紹介できる者もいるんですがね。最初の者ならそれぐらいです」
「ふんっ、誰も出せないとは言ってない。もう少し吹っかけてもよかったな」
クルトはそういって、懐から宝飾のついた短剣を取り出した。
それを鞘に収めたまま、男の手前に差し出した。
「持ち合わせがないから、それで代金に代えてくれ。売りに出せば1000は下らないだろう」
「こ、これは……ありがたく受け取らせてもらいます」
男は慎重な手つきで引き出しの中にナイフをしまった。
その目には驚きと高価なものを手にしたことへの興奮の色が見て取れた。
「それで、その男はいつから雇える?」
「へえ、そいつならそこにいますで」
男が指さした先に、クルトが見慣れぬ服装の人物が座っていた。
クルトは相手の気配に気づかなかったことに驚きを隠せなかった。
灰色のワンピースのような服に黒い革製のブーツ。
力はありそうだが、わりと細身の体型で短い黒髪。腰に剣を携えている。
「そこの、ええと、何という名前だ?」
「……むにゃっ」
クルトは別の意味で驚きを隠せなかった。
その男は目をつぶっているだけかと思いきや、居眠りしていた。
「……なあ、こいつが一番戦力になりそうなんだよな」
「そこはあっしを信じてください。騎士殿をだますようなことをしたらレギナで生きていけませんで。嘘をついても得しないです」
「わかった、そこまでいうなら信じよう」
少しして居眠りした男が目を覚まし、クルトに自己紹介をした。
シモンという名前で遠い国からやってきたという説明しかなかった。
それから、クルトとシモンはレギナの街の中を歩いていた。
クルトは遅かれ早かれいうことになると思い、率直に用件を伝えることにした。
「シモン、隣国のカルマンを知っているか?」
「えっと、数十年前にフォンスと戦った国でしたっけ?」
「ああ、そうだ」
クルトは会話をしながら、自分の考えがまとまっていないことに気づいた。
隣を歩く男が戦力になるかも分からず、本当のことを話せば去っていくかもしれない。
仲間集めにことごとく失敗したことで、彼は自信を失っていた。
そのことが場当たり的な行動につながっている。
「僕はこの国の騎士だが、カルマンが進軍の準備を進めているという情報を手に入れた。そして、この国を守るために共に戦う者を探している」
「なるほど、それがおれだったわけですか。こんなどこの馬の骨とも分からない男に支援を求めるなんて、フォンスはおかしな国ですね」
「ああっ、君の言うとおりだ」
シモンは冗談めいた言い方をしていたが、クルトが真面目に受け取ったのに気づいて、少し慌てるような素振りを見せた。
「いやいや、真に受けないでくださいよ。大抵、どこの国も似たもんでしょ。おれの育った国だって、そんな立派な国じゃないですから」
「そうか、そうなのか……」
クルトは何かを考えるように、次の言葉を口にするまで間があった。
「戦争に巻きこもうとしてるんだぞ?」
「金になりそうなんで、死なない程度に付き合いますよ」
「死なない程度に、か」
「おれは戦力になるんで、頼りにしてもらっていいですよ」
シモンは余裕のある表情でクルトに笑いかけた。
それを見て思わずクルトも笑顔になった。
「クルトはもう少し笑った方がいいですよ」
「そうか、今日は余裕がなかったからな。これからはそうするようにしよう」
脅威が迫る状況にあるが、シモンは相手を和ませる雰囲気があった。
彼と話しながら、クルトはつかの間の安らぎを感じていた。
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