強者求む ~二人の仲間集め~

 クルトとシモンは作戦会議のように会話を続けていた。

 大っぴらに話せる内容ではないこともあって、彼らは郊外に移動していた。


 元々、兵士の訓練場として使われていた場所だが、いつの間にか草が伸び放題になっており、近場で野鳥や獣を狩る者ぐらいしか近寄らなくなっている。


 彼らはその一角の草が少ない場所を選んで腰を下ろしていた。 


「ところで、気になることがあって、クルトは戦いの経験はあるんですか?」

「戦争というものは経験していない。恥ずかしい話だが、騎士という畏まった身分でありながら、野盗退治が仕事の中心だったからな。対人戦の経験ならあるという答えになる」


 クルトは過去の経験を思い返しながら話をした。

 

「……野盗ですか。そりゃまた、今回の役に立ちにくい経験ってもんです」

「むむっ、耳の痛いことをずばずばと言ってのけるな」


 シモンは出身がフォンスではないこともあって、クルトに対して敬意を払わない節が見受けられるが、現状において貴重な戦力という意識が働き、彼はさほど苛立つことはなかった。


「対人戦でも多人数――組織的な戦力を相手にするのは勝手が違いすぎます。まずは今回の目標を設定すべきではないですかね。雇い主に教授するのは差し出がましいですが」

「目標? 僕は戦力を揃えて時間稼ぎをするとこまでしか考えていなかった」

「基本的にはそれでいいと思います。あとは、局所的でもいいので善戦して、味方の士気を上げること。それができれば、強固な城壁を活かして守り抜くことができます」


 クルトはシモンの話に説得力を感じている。

 その一方で一つの疑問が浮かんでいた。


「シモン、君はやけに詳しいな。戦争の経験があるのか?」

「数える程度です。まあ、何事も0と1の間には大きな差がありますね」

「君はいちいち納得させる言い方をするな」

「お褒めにあずかり、至極光栄です」


 シモンは頭を下げて、わざとらしく丁寧な態度を取った。

 クルトはその様子に軽く微笑みながら話を続けた。


「それで結局、少数精鋭でいいのか? どのみち大軍を用立てるのは不可能だが」

「ええ、問題ありません。次に二番目の戦力を確保しましょう」

「ああっ、わかった。……ところで、その指は何を意味しているんだ?」


 シモンは親指と人さし指をくっつけて、中に丸を作っていた。

 そして、クルトを見てにやりと笑みを浮かべた。


「おれの報酬は確保できたんで、それ以外にどれぐらい出せそうですか?」

「……考えておこう。なるべく前向きに検討する」

「ぜひとも、追加で出来高払いを」


 クルトは保有する資産と用立てられる現金を頭の中で計算していた。

 最低でも、シモンを10人雇えるぐらいの予算は出せそうだった。


「それじゃあ、話もまとまったんで、街へ行きましょうか」

「あ、ああっ、街へか……」


 クルトはシモンに促されるままに歩き出した。

 昼下がりの日差しが彼らの頭上から降り注いでいた。



「……よしっ、こんなところか」


 レギナの街に戻ってから、シモンは紙と絵画用の筆を購入した。

 当然ながら代金はクルト持ちで。


「おい、何をするつもりだ」

「えっ? 書いてあるとおりですよ。『強者(つわもの)求む』です」

「それは分かるが、5000レガル……僕が出すんだよな」


 シモンは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 そして、両手で広げられるぐらいの紙を高々と持ち上げた。


「そりゃ、そうですよ。まあ、レギナぐらいの街なら、使える戦力は見つかりますって、おれがあなたと出会ったようにね」


 シモンは臆面もなく言いきった。

 自信はあるように見えるものの、力むような様子はない。


 クルトは、彼をつくづく不思議な男だと思った。

 自然体でありながら、底知れぬ強さを感じさせる。


 クルトはシモンの実力をその目で見てみたいと考え始めていた。

 役に立つかどうかというよりも、個人的な好奇心から。


「じゃあ、早速始めますよ」

「……僕が持たなくていいのか?」

「いやいや、フォンスの騎士がこんなところで、こんなものを持って立つわけにはいかないでしょう。まあ、任せてくださいって」


 そこまで言うのならとクルトはシモンに任せることにした。

 


 二人がいるのはレギナの中心に近い場所で、水の宮殿からもそう離れていない。

 たしかに、自分が目につくのはよくないかとクルトは思った。

 

 見こみがどれぐらいあるのか分からないが、通行人の数はそれなりに多い。

 通り過ぎる者たちの何割かは、シモンが掲げる内容に視線を向けていた。


 もっとも、5000レガルという金額を目にして、ほとんどの者は胡散臭そうな顔をして遠巻きに見ているだけだった。


 それを見てクルトは、やはり難しいかと思った。



 特に何も起きないまま、しばらく時間が経過した。

 シモンの様子に変化はなく、愛想笑いにも見える表情を浮かべて立っている。


 そんな彼の隣でクルトは辛抱強く待っていた。


 知り合いや他の騎士に見られたら恥ずかしいという羞恥心もあったが、クルトの中でシモンに賭けたいという思いが大きく作用していた。


 その場でシモンが立ち続けていると、大柄で目つきの鋭い男が立ち止まった。

 男は興味ありげに看板の内容を見ていたが、やがて侮蔑の表情を浮かべた。


「ははっ、馬鹿にしてるのか。お前を倒したら5000レガルって」

「いやー、ホントですよ。そこに出資者がいますし」

 

 シモンはクルトを指さした。

 クルトはこの場の展開に戸惑いながら成り行きを見守った。


「まあいいぜ。ぶっ飛ばして、有り金全部出してもらうからな」

「……クルト、これを」

「あ、ああっ……」


 クルトが看板を受け取って確認すると、強者求むの下に小さく『私を倒したら』と条件が付けられていた。


 彼はくだらなさに笑いそうになりながら、シモンの様子に目を向けた。


 すでに両者の間合いは近い。

 脱力しているシモンに比べて、男は血の気の多そうな顔をしている。


 先手を切ったのは男の方で、力任せに右の拳を突き出した。

 シモンが細身の体格で油断したのか、クルトから見て雑な動きだった。

 

 シモンはその一撃を軽々とかわし、相手を挑発するように手招きした。

 それを見た男は怒りで顔をこわばらせて、連続の打撃を繰り出した。


 しかし、シモンはそれを意に介さず、軽い身のこなしでかわしていく。

 クルトが今までに見たことがない身体の使い方だった。


 ――そもそも、どうやって動いているのかわからない。


 シモンの動きを目で追いながら、クルトは大きな疑問を抱いた。

 彼がその考えに意識を奪われる間に、男は息を切らすようになっていた。


 通行人は距離をおいており、離れたところから様子を見守っている。

 巻きこまれそうな人がいないのを見て、クルトは安心した。

 

「クルト、一人目は空振りでした。残念です」


 シモンは汗一つかかず、涼しげな様子でいった。


 それを見たクルトはとんでもない戦力を得てしまったと、畏怖の念に近いものを感じるような気持ちになっていた。


「……この野郎、なめやがって」


 すでに勝負は決したように見えたが、男は腰に携えた剣を鞘から引き抜いた。

 シモンはすぐさま向き直り、男と対峙した。


「――剣を抜いていいのは、殺す覚悟と殺される覚悟ができた時。それ以外の場面で抜くのは滑稽というもんです」


 シモンは抑揚の少ない声で口にすると、素早い動作で前に踏み出した。

 そのまま左足を振り上げ、男の剣を蹴り上げた。


 男が呆気にとられている間に頭上から落下してくる剣をキャッチして、シモンは剣先を相手に突きつけた。


「はい、ごくろうさまでした。いい見世物になりました」

「……は、はひ」


 男は顔面蒼白な状態で剣先に目を合わせた。

 シモンは薄い笑みを浮かべたまま、突きつけた剣を手元に引いた。


「命は大切にしましょうね」


 シモンはそういって、男に向けて剣を放り投げた。

 男は戦意喪失しており、剣を鞘に収めて怯えるようにその場を立ち去った。


「――なんだ、何の騒ぎだ!?」


 騒ぎを聞きつけたらしい衛兵が駆け寄っている。

 それに気づいたクルトとシモンはその場を足早に離れた。

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