こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―

装備品の調達

 ドラゴン退治の件が落ち着いてから、しばらく経っていた。

 俺は風魔術をマスターした後、気ままに空を飛ぶ時間が増えている。 

 

 万が一にも落下したら洒落にならないので、最初は低めの高さで練習することが多かった。とにかく飛ぶことが楽しかった。

 

 偶然、俺が飛ぶ姿を目撃した子どもが、「あっ、鳥人間だ!」と言ったのを耳にすることもあった。飛行機やヘリコプターのない世界なので、空を飛ぶ様子はさぞかし不思議に見えるだろうと思った。


 しばらく練習を続けるうちに、どこかへ遠征してみたくなった。

 カレンのように人を運ぶ度胸はなく、一人旅をしようと思いついた。

 

 特に行き先は決めていなかったものの、旅支度を少しずつ進めることにした。 


 今までは元の世界から持ちこんだ服を着ることがほとんどだったが、未開の地へ向かうなら装備を充実させた方がいいと考えていた。

 

 Tシャツにジーパンでは目立ちやすく、圧倒的に防御力(服の強度も)が低い。

 できることなら、落下時に身を守ってくれる機能があれば理想的だ。


 そんなわけで、まずはカルマンにいるドワーフを訪ねることにした。

 人づてに聞いた限りでは、彼らの作る装備は一級品が多いらしい。


 カルマンまでは馬でも時間がかかるので、テスト飛行を兼ねて空から向かった。

 

 目的地に近づいてから、目立たないように城下町から離れたところに下りた。

 それから街に入って目的地の工房を目指した。


 初めてここに来た時は戦乱の最中で、周囲を観察する余裕がなかった。

 これが二回目の来訪になるわけだが、戦いの余波で建物が破壊されずに済んでよかったと感じる。


 砂漠の都市のように淡い茶色や黄土色の建物が中心で、日本にいた時はこういった光景を見ることがなかった。

 

 そのため、町を眺めること自体が貴重な体験になっている。


 日本で生活を続けていたとして、エジプトなどの砂漠のありそうな国へ海外旅行に行くことなどなかった気がする。


 そう考えると、今回のように気ままに出歩けることは、ものすごく幸せなことだという実感が湧いてきた。


「あんまり考えなかったけど、これってすごいことなんだよな……」


 まっすぐに工房へ向かうつもりだったが、寄り道することにした。


 

「いやー、満足、満足」


 俺は散策を終えて、工房に向かって歩いていた。

 大まかに見た感じでは戦乱の余韻は少なく、治安が維持されていて安心した。

 

 フォンスの兵士が駐留しているが、人格者のクルトが最高指揮官ということもあって、現地民を虐げるようなことはないように見えた。


 城下町の主な通りは城に向けてつながっており、ドワーフの工房はそれとは反対の方向に建っている。


 巨大な窯を思わせるような縦長で色褪せたレンガ造りの建物。

 それが彼らの工房だった。


 屋根の一部は煙突状になっており、煙を逃がす排気口の役割をしているようだ。

 歩いて入り口まで行くと、見覚えのある顔があった。


「これはカナタ殿、久しぶりですな。こちらに何かご用でしたか?」

「カルマンの件が解決して以来ですね。作ってもらいたい装備があって来ました」

「なるほど、ぜひ聞かせてください」


 俺はリカルドに大まかな要望を説明した。


「いやはや、魔術で空を飛ぶとはスケールが大きすぎて想像できませんぞ」


 彼は感心したような様子で口を開いた。


「そのために、軽くて衝撃に強い装備が必要というのも承知しました」

「自分で言っておいてあれですけど、そんな都合のいい素材ありますか?」 

「はい、それならミスリルが一番でしょうな」

「……ミスリル、何だかすごそうですね」


 その名前はRPGなどのフィクションでしか聞いたことがない。

 実際にそんなものがあるとは、ドワーフの製造能力は噂以上なのか。


「アルミよりも軽く、鉄よりも硬い。価値は相当高く、カルマン兵には決してミスリルで作られた装備品は供給しませんでした。我らの意地みたいなものですな」


 リカルドは腕を組みながら、誇らしげな様子で話してくれた。


「ちなみに、それを金額にするとすごそうですけど……」 

「お代を頂くなんてとんでもない。見ず知らずの私を助けてもらった恩がありますから、気軽に受け取ってください」


 基本的にこの世界では、どこの国でも金属の価値は高かった。

 それにも関わらず、希少な金属で作られたものをくれるとは。


 恩返しが目的で助けたわけではないが、こんなかたちで返ってくるとは予想しなかった。


 リカルドとの話に区切りがついたところで、別のドワーフに採寸してもらった。

 今は戦いがなく、鍛冶師の手が空いていることも多いため、翌日には完成する予定ということだった。


 わざわざウィリデに帰るのも手間だったので、街中の宿に泊まることにした。


 

 翌日の朝。

 枕が変わると眠りが浅くなると聞くが、昨晩は熟睡できた。

 

 俺は宿を出てから、カルマンの朝市を見て回り、異国情緒――正しくは異世界だが――漂う風景を眺めてから工房に向かった。


 工房の入り口に着くと、すでに奥の方でドワーフたちが作業中だった。 

 朝から精が出る姿は、まるで日本の職人のようだ。


 建物の中に入ったところで、リカルドが立っているのが目に入った。

 彼は責任ある立場のようなので、職人というよりも現場監督みたいな感じなのだろうか。


「おはよう、リカルド」

「カナタ殿、おはようございます」


 リカルドは穏やかな笑みを浮かべている。

 その後ろにはマネキンのようなものに装着された防具が目に入った。


「もしかして、それが完成品ですか?」

「頂いた要望通りのものができました。早速、着てみてください」


 彼はマネキンから胸当てのようなものを外して近くのテーブルに置き、その下にある鎖かたびらも一緒に外した。


「こちらが軽い金属で作ったかたびらです。胸当ても防御力が高いですが、衝撃吸収に優れているのはかたびらの方でしょうな」

「すごいクオリティですね。ちなみに軽い金属ってなんですか?」

「それは企業秘密です。お答えできません」

  

 リカルドは自信ありげに笑みを浮かべた。

 さぞかし、優れた素材なのだろう。


「では、着てみますね」

「どうぞ、どうぞ」


 俺はまず、鎖かたびらに袖を通すことにした。


「――うわっ、軽い」


 手にした瞬間、あまりに重量感がないので驚いてしまった。

 布を手にしているのとほとんど変わらない。


 体感的には重めのコートやジャケットを手にしているような感じだ。


「――しかも、柔らかい」


 身につけてみると、着心地までも衣服のそれに近かった。

 それでも、指先で触れれば金属のように冷たく硬い感触もある。


「すごい素材ですね。ただ、柔らかすぎて強度が気になりますね」

「そう戸惑われるのも無理のないこと」


 リカルドはそう口にしてから、近くにあった小ぶりのナイフを手にした。


「試しに強度を証明して見せましょう」

「まさか……」


 彼はこちらの腹部にナイフを突き刺した。

 しかし、まったく刃が通る気配はなかった。


「この通り、並の武器では傷つけることすらできません」


 リカルドの言う通りに、鎖かたびらに傷はなかった。


「衝撃吸収性もお見せしたいですが、高いところから落下して頂く必要があるので、それはやめておくとしましょう」

「さすがにそれを試すのは無茶ですね」


 鎖かたびらの説明が終わった後、ミスリルの胸当てを受け取った。

 事前に聞いていたのと違わずに非常に軽く、銀色の光沢のある防具だった。

 

 防具の話が済んでから、護身用に短剣と長剣の間ぐらいの剣を受け取った。

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