親衛隊長イアンの戦い

「――モンスターに囲まれた時点で趨勢は決していたか」


 ダスク中心にそびえる塔の中で、イアンは呆然とした様子で呟いた。

 騒乱の最中にあって彼の言葉に気を留める者は皆無だった。


 イアンは淡い栗色の髪を一本に束ね、整った顔立ちで精悍な佇まいをしている。

 鋼の甲冑を身にまとい、ダスクの元首たる女王から授けられた装飾のついた鞘には一振りの剣が収まっていた。


 数年前から、イアンはダスク親衛隊の長として王族の警護を任されていた。

 ただ、モンスターが現れるようになってからは都市の防衛が主な任務になった。


 ダスクは頑強な岩壁に囲まれており、出入りは通用門からしかできない。

 それに加えて門自体もかなりの強度を誇る。


 難攻不落の城塞に付け入る隙はないとイアンは考えていた。

 たとえ相手がモンスターであろうとも。


 ――しかし、この状況は楽観的な見込みだったことを強(したた)かに突きつけている。

 

 周囲の民家からは炎が立ち上り、火の勢いは増すばかりだ。


 岩石を削って作られた外壁に比べて、民家は防火性がが高くない。

 建築時の利便性を考慮して材木が多く使われている。


 そして、脆弱性のあるこの部分に次々と火矢が打ちこまれた。

 その結果、岩壁の内側は炎に包まれて悲惨な状況に陥っている。


 貴重な戦力である親衛隊の面々は市民救出と消火作業に追われて分散していた。

 そこに門を打ち破って通過したモンスターが現れて苦戦を強いられている。


 優れた戦力を有するはずの彼らだったが、助け合う精神が裏目に出ていた。


 火の手を無視して戦えばモンスターを押し返すことは可能だったかもしれない。

 しかし、その心に根づいた精神がそうはさせなかった。


「――隊長、モンスターがこちらに迫っています!」

「……女王陛下の避難は済んだか?」

「はっ! 二名の護衛と地下通路へ向かわれました」

「よしっ、そうか」


 イアンは胸をなで下ろした。

 “市民の被害を最小限に食い止め、女王を無事に逃がす”。


 それが彼にとっての次善の策だった。


「戦力は目減りしているが、女王が無事ならば憂うことはない」

「隊長、打って出ますか?」

「ああっ、もちろんだ」


 塔にいるのはイアンを含めた十人ほどの兵士のみ。

 数こそまばらではあるが、彼に負けず劣らずの精兵ばかりだった。


「さあ、いこう」

「はっ!」


 彼らは物見を駆け下りると、出入り口の扉を突き破るように飛び出していった。


 外に出ると悲惨な状況がイアンの五感を刺激した。

 

 民家から立ち上る赤い炎と煙、逃げ惑う人々の悲鳴。

 市民を避難させながら戦う兵士の姿。  


「いくぞ、我らの町を守る!」


 イアンは鞘から剣を抜くと、離れた場所にいるゴブリンへ駆けていった。

 ゴブリンは殺気に気づいて振り向いたが、すでに遅かった。


 豪快な一振りでその首が落とされた。 

 

 それから、近くで市民を誘導していた兵士が彼に話しかけてきた。


「イアン隊長!」

「遅くなってすまない」

「女王陛下はご無事で……」

「ああっ、問題ない」


 その兵士は安堵するような表情を浮かべてイアンを見た。


 さらにそこへ別の兵士が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 厳しい状況を物語るように、身につけた鎧には焦げついた跡が見受けられる。


「隊長! 厳しい状況ですが、どうにか敵を食い止めています」

「十分な指揮がとれなくてすまなかった」 

「いえ! お気づきかと思いますが、このままでは窮地に立たされます」

「ああっ、その通りだ」


 イアンたちが上手く立ち回れば内側に侵入したモンスターは倒せるかもしれない。

 しかし、その他にも外を取り囲んだモンスターがいる。


「我らが意地を見せるために、市民を犠牲にしていいものか……」


 彼は周囲の状況を観察しながら、取るべき手立てを考えていた。


「よしっ、生き残った全員で外へ出よう」

「隊長、ダスクを手放すおつもりですか!?」

「これ以上粘っても犠牲が増えるだけだ。それは女王陛下も望まないはずだ」

「はっ! それでは手分けして市民を地下通路へ誘導します」

「よしっ、頼んだ。私は邪魔が入らぬようにモンスターを抑える」


 イアンと仲間の兵士たちはその場を後にした。

 門の方角からは次々とモンスターが侵入している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る