異世界お嬢様との帰り道

 クラウスの診療所を訪れた後もマナ焼けを起こすことはなく、俺は魔術の修練に続けて通っていた。

 少しずつ魔術が扱えるようになる日々は充実したものだった。

 

 会社勤めをしていた頃は朝がくるのが憂鬱な日が多かったし、なかなか起きれない日もたくさんあった。

 あの頃を思えば、人間らしい生活を送れているような気分だった。

 魔術を習うことになるなんて、異世界に来る前は想像もしなかった。



 楽しい時間ほどあっという間に過ぎてしまうもので、気がつけば実用コースの終わりが訪れていた。


「皆さん、お疲れさまでした。実用コースの講義は今日で終了です。専門的な技術を身につけたい方はウィリデ公認の魔術師に師事するか、腕を磨いて魔術部隊に志願してください」


 遠くまで見渡せるような青空の下で、エレノア先生が説明をしていた。

 通い慣れた修練場も今日でお別れになってしまう。


「……あのっ、質問いいですか」

「はい、どうぞ」

「エレノア先生の弟子になることはできないですか?」


 高校生ぐらいに見える青年はその場に立って、真剣そうな表情でいった。


「ごめんなさい、私は個人的に教えられる時間がないの。もしよければ、誰か魔術師を紹介するけれど」

「……そうですか、残念です。他の人なら、どうしよう……また考えます」


 エレノア先生は彼に応じるようにまっすぐな眼差しをしていた。

 青年はとても悲しそうな顔で腰を下ろしてしまった。


「おいおい、フラレちまったなー」

「……ええと、他に質問がなければこれで終わりにします」


 誰かの冷やかす声を気にすることなく、エレノア先生は話を締め括った。



 その場で解散になってから、俺は不思議に思っていた。


 ――こんな面白い力が使えるのに、なぜ冷やかし半分で受けているのか。


 入門コースから実用コースまで、あからさまにサボるようなやつは一人も見かけなかった。ただ、そこまで熱心に習得しようという感じも受けなかった。


「さて、これからどうしようか」


 外国から来たことになっている以上――正確には別世界からだが――魔術部隊というところに入るのはナンセンスな気がする。

 他国の民間人を歓迎する軍隊など想像できない。


 それに公認の魔術師に師事するといっても伝手がなかった。

 エレノア先生が紹介すると話していたが、こちらも歓迎されるか分からない。


 あるいは先立つものがない以上、何か仕事を探した方がいいのか。

 

 それに関しても外国人を雇ってくれるのか分からない上に、客人という立場を与えられた人間は雇いにくい気もする。


「……うーん、困ったな」


 ウィリデはコンパクトな国なので雇用が少ないように思える。

 街中を何度も歩いているはずなのに、どんな仕事があるのか想像できない。

 

 職探しをするにしても難航しそうだが、選択次第では異世界で転職活動することになるかもしれない。



「――カナタ、一緒に帰るわよ」


 草原から街へつながる街道に出たところで声をかけられた。

 振り返ると、エレノア先生とアリシアが近くを歩いていた。


「エレノア先生、ありがとうございました。異国の人間だというのに親切にしてもらってありがたかったです」

「そう、それはどういたしまして。私も熱心に学ぼうとしてくれて嬉しかったわ」

 

 エレノア先生はそういって優しげな微笑みを浮かべた。


 彼女は大らかなところがあるので、母性に近いものを感じることがある。とはいえ、見た感じ二十代ぐらいにしか見えない。  


「ふふっ、面白いわね。やる気がないのが普通なのに」

「アリシア様、それは言いすぎですよ。基礎魔術の習得は義務に近いから、仕方のないところはあるけれど」


 魔術の習得が義務。聞き逃がせない言葉だった。

 俺はエレノア先生に質問を向けた。


「義務ということはほとんどの人が使えるってこと?」


「はい、そもそも魔術はウィリデの兵力の中心です。エルフの祖先とウィリデの先人が国と周辺に広がる森や領地を守ろうと手を結んだのが始まりです。魔術はエルフからウィリデの民に伝えられました。金属が貴重なので、弓や剣などの武具が大量に作れないことも影響しています」


 エレノア先生は修練の時と同じように言葉を選びながら話してくれた。

 ウィリデのことをさらに理解できた気がする。


「うちにはあるけど、普段はあまり使わないわね」

「鋳造できる場所も限られているので、なかなか出回らないと思います。武器や鎧に回されることが多いと聞きます」


 村川と二人で王様に会った時、この国のおかれた状況などは聞かなかった。

 いや、正確には聞くことができなかった。


 他国から来たのならば、ある程度は近隣の情勢を知っているはずだし、根掘り葉掘り聞くような真似をすれば諜報活動を疑われてもおかしくない。

 

 迂闊に別の世界から来たと言うべきではないと思った。


 ――ただ、今なら好奇心旺盛な外国人という体で質問できる。


「武器が作られてるってことは、他国と戦いがあるんですか?」

「それはありません。この地を攻めるなら、森とそこに住むエルフを突破しなければいけませんし、そこまでして攻めてくる国はないでしょう。それに隣国フォンスとは友好関係にあるんです」


 何となく大まかな地形を把握することができた。


 少なくとも郊外に広がる森はそれなりの面積があり、それが自然に防衛線となっているのだろう。

 あとは他の国があるというのも新しい情報だった。


「ねえねえ、ニッポンはどんな国なの? 転移装置で遠距離を移動できる技術があるのに、魔術が使えないなんて不思議な国よね」

「日本か……海と山と川があって、文明や技術はここよりも発達していて、それなりに豊かだといっていいのかな」

「ふーん、それだけ発展してるなら無敵の国家なのよね」

 

 アリシアは無邪気な子どものようにいった。

 日本のことに興味があるようで目を輝かせている。


「うーん、無敵といえば無敵かな……」

「そうだカナタさん、私の兄でよければ紹介しますよ」


 エレノア先生は何かを思い出したように口を開いた。


「……魔術のことですか?」

「はい、兄は弟子を取り始めたばかりで、そこまで多忙というわけでもないですから。きっと、気軽に引き受けてくれると思います」

 

 そう話すエレノア先生の笑顔に気が引ける思いがした。

 こちらの事情を打ち明けた方がいいだろう。


「実はウィリデの通貨を持っていないので、教えてもらったとしてもその対価を支払うことができないと思います……」


 気恥ずかしい思いもあったが、正直に話した方がいいと判断。

 

「それは気にしなくていいですよ。国賓扱いのカナタさんにお金を請求するのは兄も望まないような気がします」

「……そうですか。それは何というか……」


 お言葉に甘えますと言っていいものか。

 金色の勲章が威力を発揮していることに複雑な気持ちだった。



 三人で話しながら歩くうちに街の入り口に着いた。

 門番をしていた衛兵がいつも以上に深々と頭を下げている。


 おそらく、アリシアがいるからだろう。

 大臣の娘というのは本当のようだ。


「カナタさん、遠慮なさらないでね」

「旅の恥はかき捨てといいますか。せっかくだし、お兄さんに教わってみようかと」


 現代地球人的・ライフイズマネーの感覚が身についているせいか、抵抗感は拭えないままだった。

 食堂のフランツもそうだったが、この国の人はお金にゆるいというか執着しないところがある。

 

 国自体が裕福なのか、あるいは高い精神性を有しているのか。

 もう少しこの国の人たちとすごさないと分かりそうにないことだった。

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