アエス鉱山の調査

 街の周辺に比べて視界に入る緑が濃くなっていた。

 道の脇にはところどころに背の高い木が生えている。


 途中まで整備されていた道は未舗装のあぜ道のように変わっていた。どうやら以前は何かの用途に使われていたようで、デコボコは少なく比較的平らな道だった。

 その先を視線でたどると目的地らしい山の方へと続いている。


「さっき鉱山って言ってましたけど、この辺は何か採れるんですかね」


 そう言葉にしながら、俺の脳内ではヘルメットをかぶっていい感じに汚れたおじさんが手押し車を押しながら通過していった。道にはしたたる汗が足跡のように続く様子が浮かぶ。


「ずいぶん昔の話ですが、金属の採掘技術に優れたカルマンという国が銅を掘りにきていた時期がありました。もっとも、隣国のフォンスとカルマンの関係が悪化していったので、その余波を受けて採掘は途絶えてしまいました」


 エルネスはそういった後、この場合は元鉱山の方が正しいでしょうと付け加えた。

 途中に出てきたカルマンという国の名は聞き慣れないと思った。


「それじゃあ、その鉱山というか銅山跡は荒れ放題かもしれないのか。……あれ、その昔って何年前ぐらいの話なんですか?」


 コウモリに追加で行きたくない要素が増えた気がする。

 荒れ果てた洞窟と聞いて、いいイメージが浮かぶはずもない。


「だいたい30年前ぐらいでしょうか。彼らが来ていた時代のことは覚えています。カルマンは領土内の鉱石と鉱山が売りの『緋色の国』と呼ばれていて、血の気の多い荒くれ者たちが多かったです」


 エルネスは当時を思い返しているのか、うんざりしたような表情になっていた。

 彼の話を聞きながら、一つの疑問が脳裏をよぎった。


「えーと、そうするとエルネスは何才……?」

「今は50才ですね。……カナタさん、何かおかしいでしょうか?」

 

 彼は足を止めて、きょとんとした様子でたずねてきた。

 明らかに見た目と年齢がアンバランスだった。


「俺の国にはエルフがいないから、色々と知らないことが多いんです。失礼な質問になってしまうけど、エルネスの見た目で50才ってことは何才まで生きられるんですか?」

「戦乱に巻き込まれたり、不慮の死を遂げたりするという例外を除けば、150才ぐらいまでは生きられます。森に暮らすエルフの長(おさ)はさらに長生きだと聞いたことがあります」

 

 俺たちはふたたび歩き出した。少しずつ山肌との距離が近づいている。

 通行人はほとんど見かけなくなり、すれ違うこともなくなっていた。


「……そういえば、エルネスに用事があるのを忘れてた」

「僕にですか。どんな用事でしょう?」

「同じ国から来ている村川が、森を通って他の国へ行ってみたいと話してました。それでエルフたちの協力がないと通過できないと」

「……なるほどそういうことですか」


 こちらの言葉を聞いてから、彼は何かを考えるように静かになった。


 ジャリジャリと砂を踏む音だけが響く。

 こんな時はトレッキングシューズでもあれば、もっと歩きやすいのにと思った。


「広大な森――大森林はエルフたちの生活圏でもありますから、すぐに返事をするのはむずかしいです。それに僕は街で生まれて育ったので、エルフの長と遠い関係にあります。彼らとつながりがあるエレノアなら力になってくれるかもしれません。この依頼が終わったら聞いてみましょう」


 エルネスは一語一語を丁寧に話してくれた。

 彼の誠実さをあらためて感じるような態度だった。


「ふーん、街育ちと森育ちに分かれてるなんて知らなかった。勝手な想像ですけど、森育ちの人たちはエルネスやエレノア先生みたいにフレンドリーじゃないとかはあり得るんですかね」

「ははっ、そんなことはありません。大森林を含めてウィリデという一つの国ですが、100年以上内乱や紛争と無縁です。それは森のエルフと街の人たちが友好関係にあるからですよ」

 

 エルネスは軽やかに笑い飛ばした。

 それを見てなんだか安心するような気持ちだった。


 こっちですねと彼に案内されて、砂利道を更に進んだ。

 途中で二手に分かれた道もあったが、彼は迷わずに先導してくれた。


「はい、それではこちらがアエス鉱山の洞窟になります~」

「それはニッポン流の冗談でしょうか」

「ああっ、気にしない気にしない」


 ゆるやかな山道を上った先にその洞窟はあった。山の中腹あたりに位置するのだろうか。入り口の高さは2メートル弱で横幅は3、4メートルぐらい。


 薄暗いトンネルや洞穴がそれっぽい空気を発するように、この洞窟も何となく近寄りがたい雰囲気を感じた。自分一人なら確実に引き返していただろう。


「それでは、ここからは気を引き締めてください。オオコウモリの数は複数だと聞いていますが、咄嗟の時にはカナタさんを守りきれるか分かりません。そうはいっても吸血コウモリなので血を吸われるだけなので、困った時は治癒魔術で治しますから」


 エルネスは安心させようとする時に笑顔になる傾向が見受けられる。

 信用できないわけではないが、見極められない故に不安を抱いてしまう。


「……自分の身は自分で守れるように、最善を尽くします」

「それでは一人一本これを持ちましょう」

 

 彼はそういって先ほどの松明を手渡した。

 まだ着火されていない。


「まずは練習も兼ねて、魔術で先端に火をつけてください」

「なるほど、では早速……」

 

 俺は左手に松明を持ってその先端に右手をかざした。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 先端に火を灯すだけなら簡単だ。

 つまみを調整するようにして最少出力で発現させればいい。


 右の掌の先に種火程度の火が放たれた。

 それは松明の先端に着火すると、十分な明るさの炎になった。


「それぐらい調整できれば、まずは問題ないでしょう」

「……それじゃあ、オオコウモリ退治に行きますか」 


 イヤイヤ感を出しすぎるのも大人げないと思い、率先して声を出した。

 エルネスはこちらの不安をよそに先へと進んでいる。


 外から差しこむ光で洞窟の入口部分は多少の明るさがあった。

 そこから奥の方に視線を向けると、全てを呑みこんでしまいそうな暗闇がどこまでも続いているように見えた。

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