マナを狙う危険な植物

 ――さあ、こちらへ……。


 どれぐらい眠っていたのか分からない。

 着けたままの腕時計を見ると4時間以上経過していた。


 地球と時間感覚が同じではないものの、ずいぶん経つせいか部屋の外は静まり返っていた。窓の外は真っ暗になっている。


 そのまま眠れそうになかったので、ベッドから起き上がった。

 室内の椅子に腰かけて何をするでもなく、ぼんやりしていた。


 蜂蜜酒はアルコールが強くなかったので、酔ってしまう心配はなかった。

 これなら翌朝からの移動に差し支えないだろう。


「……ところで誰かに呼ばれたような気が……」


 夢でも見ていたのだろうか。

 頭の中に奇妙な余韻があって、そのことがどこか引っかかってしまう。


「気のせいだったのか、それとも……」


 聞き違いならそれまでのことだ。ドアを開けて確かめればいい。

 俺は立ち上がって、部屋の外に出た。


 しかし、集落の入口や一部の場所に篝火のようなものが焚かれているだけで、それ以外は静かに沈んだ闇が広がるばかりだった。


「……やっぱり、気のせいだったか」


 ――さあ、こちらへ。フフフッ……。


 どこからか声が聞こえた……気がした。

 その声は自分を呼んでいるような気がした。


「そうだ、行かなくちゃ」


 誰かに呼ばれている。行かなくては。


 自然とその声がどこから聞こえてくるのか分かった。

 歩く、歩く、歩く。



 暗闇を進んだ先に集落と森の境い目があった。


 そこに彼女はいた。


「……エレノア先生、リサ」


 彼女は誰だったか、そんなことはどうでもよかった。

 

 ただ、呼ばれているから行かなくてはならない。  

 とにかく行かなくてはならないのだ。


 その姿は美しいエルフをしていた。

 暗がりの中にあっても輝く光を放つように眩しかった。


 ――さあ、いらっしゃい。


 彼女は両手を広げて待っている。


 行かなくては、行かなくては、イカナクテハ――。


 彼女までの距離はすぐそこまで迫っていた。

 望んでいた何かが手に入るような感覚がしている。きっと満たされるはずだ。


 こんなにも強い衝動は自分らしくないとよぎるが、それは取るに足らない。

 足が前に出る。もうすぐ、もうすぐ手に入る、モウスグ――。


 ヒュンッと風を切る音がしたかと思った直後、時間差で頬に鋭い痛みが走った。

 

 何事かと思って後ろを振り返る。


「……あれ、どうして」

「だってリサはそこに……」


 いるのではないか。俺は正面を向き直した。


「はあっ、もうよく見てよね」


 後ろからそんなため息が漏れた。


 それから何かが飛んできたかと思うと、立ち上る炎が前方を明るく照らした。

 火のついた松明だった。


「……うわっ、何だこれ!?」


 浮かび上がった醜悪なものに思わず絶句した。


 頭はラフレシア、胴体は太い蔦、手足は葉っぱのような奇妙な植物があった。

 人の背丈ほどで頭の部分が異様にでかい。


「それはマナクイバナ。魔術師のように多くマナを持った人間を捕食する食人植物ね。普段は虫や小動物を食べてるけど、獲物を見つけたら花粉を飛ばして罠にかけるのよ」

 

 リサはそう説明した。

 理解が増すほど恐ろしさがこみ上げてきた。


「食人って……そんな植物が!?」

「ちょっと、近い近すぎるわ!」


 俺が思わず後ずさると、リサに身体を押し戻された。


「あっ、ごめんごめん。ところであれはどうするの?」

「まあ、ちょっと見てて」

 

 彼女はそういって何かを投げた。


 それは転がる松明の火に当たって燃え始めると、徐々に煙が広がっていった。

 少し煙たくはあるが、これがどんな効果があるというのか。


 マナクイバナはわずかに退いたかと思うとそのまま倒れた。

 リサはすぐに距離を詰めて、何かの液体をかけて松明を放り投げた。


 炎が勢いよく燃え上がり、わずかな時間でマナクイバナは灰になった。

 俺は見事な手際に感心してしまった。


「かなりの大きさだったから、何年も森に潜んでいたのね」

「あんなのがいるなんて、この森ヤバすぎる……」

 

 改めて思い返すと腕に鳥肌が立つようだった。


「私が目を覚ましてよかったわね。普通に死んでたわよ」

「命の恩人ということだな、ありがとう」


 俺はリサの手を取って握手をした。


「……なにそれ、あなたの国の風習?」


 マナクイバナだったものが近くで燃えているので視界は十分。

 炎の明るさで彼女が怒るような戸惑うような顔を見せたのが分かった。

 

「……いや、そうだけれど」

「…………」


 どうしよう。何だか気まずい空気になってしまった。

 他意はなくても、女性のエルフに握手するのはセクハラになるのだろうか。

 

「……消火するわよ。そのままにしておくと火事になっちゃう」


 リサは顔を背けたまま独り言のようにいった。


「……うん、わかった」


 彼女が口を開いたことで少し安心した。


 リサが歩き始めるのでそのままついていった。

 荷物の中にライトはあるものの、今は持っていない。


 炎がない場所は真っ暗で彼女の背中を頼りに進んだ。

 歩いているとすぐに集落の中ほどへたどり着いた。


「……はい、これ」

「ああっ、ありがとう」


 リサは木桶のようなものに水を入れて戻ってきた。

 それを受け取ってみたが、彼女が目を合わせないことが少しショックだった。


 そこから先ほどの着火地点に戻った。

 近くに行くとすぐにどこなのか分かるぐらいには燃えていた。


「せーの、それっ!」


 リサは手にした桶の水を勢いよくかけた。

 続いて俺も同じように水をかけた。


 だいたい火は消えたものの、種火程度にくすぶっている。

 もう一度戻ろうと思いかけたところで、手間が省けることを思いついた。


「これ、消すだけなら水魔術で消せるよ」

「……そう」

 

 彼女は短く返事をしてそのまま黙ってしまった。


 気まずい空気のせいでやりづらさ全開だったが、魔術を使うことにした。

 これを消火するぐらいなら大して負担にならないだろう。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 水の属性に集中して、右手をかかげる。

 修練を重ねたおかげでここから先の調整は容易になっていた。


 掌の先から水塊が飛び出して燃え残ったところに当たった。

 手間を省くために大きめで発現したので、消火は完全に成功した。


「……やるわね」

「どういたしまして」


 炎が消えて真っ暗になってしまったので、今度は火の魔術を発現した。

 自分の周囲を照らせる程度の炎なら、維持しても体力に差し支えない。

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