帰還したカナタたち その1
俺たちは大森林を抜けてウィリデに到着することができた。
すでに日が暮れかかっていたこともあり、少し進んだ時点で夜になっていた。
荷台のランプと先導するエルネスの松明のおかげで明るさが保たれている。
街まではまだ距離が残っているので、周囲は暗闇に包まれていた。
街道に入ってからしばらくすると、トマスから馬を休ませたいと提案があった。
それを聞いて、俺たちは街道の途中で止まることになった。
誰も通りそうにないこともあってか、トマスは道の真ん中に馬車を止めた。
乗ったままの状態が長く続いたので、身体をほぐそうと思って外に出た。
トマスも同じように疲れたらしく、御者台を離れて草むらに腰を下ろしていた。
「ウィリデまでもうすぐだな」
「そうだね、トマスと馬のおかげだ。助かったよ」
「まあ、おれは商売の一環だから気にするな」
俺たちが話していると、エルネス以外の松明が近づいてくるのが見えた。
それはそのままこちらへ向かってきた。
「こんな時間に何をしている?」
問いただすような声が聞こえた。
相手の松明が声の主の姿を照らしている。
軽装の防具に鎖かたびら、腰に携えた長剣。
ウィリデで何度か目にした衛兵の装備だった。
「……行商人だ。馬を休ませている。そんなに気を尖らせてどうした?」
トマスは怯むことなく問い返した。
「おっ、トマスだったのか。ぼくだ、アルバンだ」
「誰かと思ったらアルバンか。衛兵がケンカ腰だと相手を不安にさせるぞ」
衛兵はトマスの知り合いのようだった。
俺よりも少し若いようで年齢は二十代ぐらいに見える。
「大変なんだ。おかしな男がやってきて……」
「それで?」
「カルマンの使者と名乗って、フォンスを攻め落とすことになるから、同盟国のウィリデはどうするか決めておけと伝えて去っていった」
アルバンは抑えがちな声で話した。
彼はそのことが半信半疑であるように見てとれた。
「――なるほど、あの男はそのために来たのですか」
気がつくとエルネスが近くに来ていた。
当然ながら、彼もアルバンの話が気にかかるようだ。
「トマス、俺たちはフォンスに行く途中でそれらしき男を見たんだ」
「カナタたちも見ていたのか。どうやら、カルマンは本気ということか」
「こうなると、リカルドの話を信じるべきということでしょう」
俺自身はドワーフのリカルドを疑う気持ちはほぼゼロだった。
ただ、これから戦いが始まるということが嘘であってほしい気持ちもあった。
「……あっ、エルネス様もご一緒でしたか」
急にアルバンはかしこまった様子になった。
気にすることはほとんどないが、エルネスは上級魔術師なのだ。
「これから僕たちが行くより、衛兵の彼が伝える方が早いでしょう」
エルネスはアルバンに城へ戻って、その件が本当だと伝えるように促した。
彼はエルネスの意見に素直に従うと、足早にその場を離れた。
「これはすげえな。歴史の証人になれるかもしれん」
「ははっ、呑気なものですね。カルマンの武力は危険ですよ」
「ところでリカルドのいうようにフォンスが準備を怠るなら、ウィリデにも戦禍が及ぶんじゃないですか?」
俺は今後の流れがいまいち掴めていなかった。
フォンスの戦力が分からず、ウィリデの魔術部隊の実力についても無知だった。
「無防備の状態で攻めこまれたら一溜まりもありません。そうさせないために、ウィリデの人たちでフォンスを説得するしかないでしょう」
エルネスは重たい口調で話した。
「行商人をしてると色んな話が入ってくるもんだが、フォンスの軍隊は訓練を怠ってるらしい。それに自国民中心に水の権利を買わせてるから、何もしなくても金が入るからな。寝てても儲かるのは羨ましい限りだ」
トマスは皮肉を込めながらいった。
彼の話通りなら武闘派の気配がするカルマンに打ち勝てるのか疑問が生じる。
「……そうか、結局ウィリデを守れても、フォンスがカルマンに支配されるようになったらどうしようもないのか」
「カナタは見識が深い。おれが知る限りでは隣に危険な国がくるとロクなことにならないらしいからな。法外な税を吹っかけられるか、価値のある何かを要求される可能性が高い」
「ああっ、たしかに。そうなるのは防がないといけない」
張り詰めるような空気が漂っていた。これからどうすればいいのか。
もともとただの日本人である自分には荷が重い状況だった。
「今日中に王宮へ伝えに行くつもりでしたが、衛兵に任せておきましょう」
「アルバンは信用できるやつだ。間違いなく城へ向かうはずだぞ」
「それで、これからどうするんですか?」
そのことがいまいち読めなかった。
リカルドの話をウィリデに伝えに行くところまでは把握していたが。
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