第6話 ドリンクメーカー・ブレイカー
パチパチ、と薪の音がしている。
夜の森の開けた場所で食事後に眺める炎は、コウの心をゆったりとしたものにする。
出力を絞った火魔法によって、爆発せずに点火できた貴重な炎だ。
「魔法って便利だな。特にこういうキャンプみたいな状況だと」。
「そう ? 本来は攻撃用なんだけどね」。
マンガのような大きな骨付き肉を
(こんな固い肉をよく簡単に噛みちぎれるもんだ。いや、日本で食べてた豚や牛の肉が柔らかすぎたのかも。品種改良されているだろうし)。
生まれて初めて食べたドラゴンの肉は、味はともかく、固かった。
この地方でドラゴンの肉を使った料理は長時間かけた煮込み料理だというから、彼女のようにあっさりと肉を噛み切れるのが普通というわけでもないだろう。
「……ポケット、なんか飲み物を出すアイテムはないのか ? 」。
コウはお腹の薄いウエストバッグに話しかける。
知性をもったアイテムボックスだ。
「……あります。アイテムナンバー010『
「そっぽを向いたのを音声で表現するんじゃない。いい加減に機嫌をなおしてくれよ。悪かったよ」。
コウは銀色の水差し型のアイテムと、コップを取り出しながら、何度目かわからない謝罪をする。
「……仲直りしてあげてもいいですが、条件があります」。
「なんだ ? 」。
ようやく少しだけ軟化した態度に、コウは微笑む。
「チェリーと交渉して、あのドラゴンの肉以外の素材を譲ってもらってください。アイテムの補修に必要です」。
装着者である彼にしか聞こえない声で、ポケットは言った。
「命がけで倒したドラゴンだろ ? 簡単に譲ってくれるかな ? 」。
コウも小声で返す。
「……多分あなたが頼めば大丈夫です。それに少し無理を言って好感度を下げておいた方がいいでしょう。あまり気に入られて抱きしめられでもしたらどうなるかは説明したでしょう ? 」。
コウは歯磨き粉のチューブを思い切り踏みつけたみたいに、全ての内臓が口やお尻から飛び出して死ぬ自らの姿を想像して身震いした。
目の前にいるのがヒグマでも絶望的だが、チェリーはそれをはるかに超えたステータスを持っているのだ。
好かれても死ぬ。
嫌われても死ぬ。
コウに求められるのは「適度な距離」だった。
それが最善かどうかは別にして。
コウは水差しを持つ手に力を込める。
途端に重みが増した。
それを傾け、中味をコップに移して飲んだ。
そんなコウとポケットをちらちら見ながら、チェリーは肉を齧る。
どうしても満腹にならないのだ。
いくら食べても、食べても。
胃に入ったものが一瞬で溶けて、身体に吸収されるような感覚だ。
何か本能に突き動かされるように口を動かしながらも、チェリーは思う。
(コウって、変わってるわね。なんでポケットさんにそこまで気を使うのかな ? いくら喋る
軽い嫉妬まじりの視線が、腹部につけたウエストバッグに話しかける男に向けられる。
普通ならばどうやっても嫉妬の対象になることのないような残念な人物だ。。
(……もしかして本当に人格があるの ? )。
さっき見た女の幻を思い出す。
(もし仮にポケットさんが人間だとしたら、ポケットさんにとって二本のベルトは両腕よね。そしてカバン部分が顔……)。
チェリーは、コウの腰に両手を回し、顔をコウの下腹部に押し付けている女の姿を思い描く。
(とんでもない痴女じゃない…… ! カバン部分を後ろに移動させなきゃ…… ! )。
続いて思い描いたのは、コウの腰に両手を回して、お尻に顔を押し付ける女。
(ダメだわ…… ! どうやっても痴女になる……。やっぱり腰につけるから良くないのよ。肩から斜め掛けにすれば……)。
膨らむ妄想と、それでも止まらない口。
バキ ! ゴギン !
考え事をしていたからか、肉のなくなった骨を思い切り噛んでしまった。
それはジャガイモを薄く切って油で揚げたもののように、軽く歯で両断された。
(間違えて噛んじゃったけど、ドラゴンの骨ってこんなに柔らかかったの ? それに結構おいしい ! )。
ボリボリと骨を噛み砕いていく大柄な女性。
そして彼女の手から最後の骨の欠片が消えたのを見計らったかのように、コウがコップを差し出す。
「……ありがとう」。
チェリーはそれを受け取り、口へと傾けた。
冷たくて柔らかい水が喉を潤す。
「おいしい ! 」。
「……口に合って良かったよ。それにしてもドラゴンの骨って食べられるんだな」。
コウは解体されたドラゴンの骨を手に取ってみる。
固い。
当たり前だ。
あの巨体を支える骨なのだから。
(ハイエナは獲物の骨まで噛み砕いて、消化するって言うが……。こいつ本当に人間か ? )。
そしてこれからそんな相手に交渉しなければならない。
機嫌を損ねて、ビンタでもされれば首が胴体から飛びそうな太い腕。
日本の会社で取引相手との交渉に失敗しても、最悪クビになるだけだ。
しかしこの異世界では最悪の場合、クビだけで地面に転がることになりそうだ。
「あ、あのさ。このドラゴンの素材なんだけど、譲ってもらえないかな ? いつかこの世界で自力で生活できるようになったら代金は払うから……」。
「え ? 」。
「い、いや ! 無理ならいいんだ ! 」。
「……いいよ。お金なんていらないわ。コウは……命の恩人だから」。
「あ、ありがとう ! 助かるよ ! いつかこの借りは返すからな ! 」。
緊張から解かれて、コウは
そして解体されて並べられている革や骨をアイテムボックスであるウエストバッグに仕舞いこむ。
どうやっても入らない大きさのものが、にゅるりと入っていく不思議な光景。
「なんだこれ ? 宝石 ? 」。
コウの両手にはそれぞれ、赤い石と透明な石が握られていた。
「本当に転移者なのね。魔石を知らないなんて」。
「魔石 ? 」。
「グリーンドラゴンが炎を吐いたり、巨大な身体を俊敏に動かせるのはその魔石のおかげなの。人間は呪文によって魔力を炎や水に変えて魔法を使うけど、モンスターは魔力を魔石に通して、炎にしたり力に変えたりするのよ。だから魔石は魔道具にも使われてるし、一番高く売れる部位よ」。
「さすが『賢者』だな。じゃあこれに魔力を込めたら炎がでるのか ? 」。
「……やめといた方がいいわ。下手に魔力を込めて爆発した例もあるから」。
「専門家に任せるのが無難か」。
そう言って、コウは両手の魔石をウエストバッグに入れた。
「燻製が完成しました」。
ポケットがそのタイミングで報告する。
余ったドラゴンの肉をアイテムナンバー029『肉は、
コウは早速取り出して、それをチェリーに差し出すと彼女は20センチほどの乾燥した肉を一口に頬張る。
「おいしい ! すごく香りも良い ! 」。
コウも一切れ取り出し、齧ってみる。
味はいいが、とにかく固かった。
(この世界で生活すると、顎が鍛えられそうだな。これに慣れるのが先か、地球に帰れるのが先か……)。
コウは再び、夜空の星を見上げた。
この無数の星の中に、果たして地球はあるのだろうか、と思いながら。
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