第12話 呪い


「……それでは発表します」。


 月夜の森の中、人型の竜へと変化したコウの腰に巻き付いた知能をもったウエストバッグ型のアイテムボックス「ポケット」がもったいぶって言った。


「あなたは……『合格』です。おめでとうございます。パチパチパチ…… ! 」。


「拍手を音声で表現するな。なんか痛々しいんだよ。……それよりも『合格』ってなんだ ? 」。


「鈍いですね。私の持ち主として相応ふさわしいことが分かったっていうことです。正直戦闘面では課題が残りますが、重要なのはそこではありません。私のアイテムを起動させるだけの最低限の魔力と、自らがモンスターに変化してでも仲間を助けようとした口に含んだ瞬間に尿に糖がおりそうなほどの甘さが重要なんです。今、スーツを脱がせてあげますね」。


「スーツ ? 脱がせる ? 」。


 戸惑うコウの身体をまとう竜人の鎧がふっと消えた。


 そしてそこには人間のままのコウ。


「人間に戻った !? どういうことだ !? 」。


「初めからモンスターになんてなっていませんよ。私の機能の一つ『瞬着』でアイテムナンバー051『竜人の着ぐるみGドラゴニュート・スーツG』を一瞬であなたに着せたんです。あなたの人間性を見るためにね」。


「……なんて面倒くさい奴だ。初めてのデートでわざと男を試して、手ひどくフラれる女みてえだ」。


「……そんなことを言っても、もう離れませんよ。すこやかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、死が私達をわかつまで、ずっと共にありましょう」。


 ぎゅっとウエストバッグのベルトが締まった。


「……重すぎる」。


「私がここまで言ってあげてるのに、重たいとは何ですか。……絞め殺すぞ」。


「イダダダダダダ ! 」。


 すさまじい力でベルトを締めるポケット。


「お前 ! やっぱり呪いのアイテムだろ !! 」。


「……それを知られたからにはやっぱり生かしておけませんね」。


「あ、あの……」。


 騒ぐ二人に、遠慮がちな声がかけられた。


「コ、コウ、さっきから誰と話しているの…… ? 」。


 ベッティだ。


「ベッティ、もう大丈夫なのか ? 」。


 心配そうなコウに、大丈夫なのか聞きたいのはこっちだ、と思いながらも彼女は続けた。


「私は大丈夫よ」。


「そうか。無理するなよ。……俺が喋ってたのはこのウエストバッグ型のアイテムボックスだ。「知能を持つアイテムインテリジェンス」だから会話できるんだよ」。


 コウは背中側にあるバッグを身体をひねってベッティに見えるようにする。


「初めまして。ポケットと呼んでください。あなたと出会った時は作業中でしたので、挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。ペコリ」。


「そ、そう、よろしくね。それよりチェリーを介抱してあげなくていいの ? 」。


「そうだった ! 」。


 走り出すコウ。


 その背中を見て、蜘蛛人間にも震えなかったベッティは震えた。


 彼女は昔から、他の人には見えないものをよく見た。


「なにあれ…… ? 」。


 コウの返答は彼女の聞きたいものではなかった。


 彼女にはコウがウエストバッグではなく、背中に抱き着いているものと話しているようにしか見えなかったからだ。


 若草色の長いボサボサの髪。


 頭にかけられた花の冠は乾燥しきってボロボロ。


 元は白かったであろう茶色のワンピース。


 そして……。


(ダメだ ! これ以上見たらダメだ ! ……あれはきっと良くないものだ ! )。


 ベッティは、ぎゅっと目をつむった。



「チェリー ! 」。


「……コウ……良かった……人間に戻れたんだね……」。


 横たわり、顔だけコウに向けて力なく笑うチェリー。


 コウは急いで駆け寄った。


「ああ、あれはポケットのアイテムで鎧みたいなもんだったんだ。それよりも大丈夫か ? 」。


「私は……もう……ダメ……お腹が……」。


 モグラは四時間食べないと餓死するそうだ。


 生物によって餓死までの時間は様々。


 これだけの大きな身体を維持しなければならない巨人族の基礎代謝で使うカロリーも膨大であり、常に何かを食べていなければならないのかもしれない。


「待ってろ ! 今何か用意してやるからな ! 」。


「コウ、『みんなの飲物屋さんドリンクメーカー・ブレイカー』を使ってください。あれはあなたの望み通りの飲料が湧き出る水差しです。何か高カロリーなものを飲ませてあげてください」。


 腹部からポケットの冷静な声がした。


「わかった」。


 コウはポケットから、にゅるりと銀色の水差し型のアイテムを取り出し、少しだけチェリーの上半身を起こす。


 そして水差しの注ぎ口を彼女の口に当てながら、作り出す飲料を考える。


(高カロリー……甘いもの……ハチミツ、コーラ、おしるこ缶、それから油とたんぱく質もあった方がいいよな。つけ麺のスープ、プロテイン……それに……野菜ジュース……)。


 子どもがファミレスのドリンクバーでいろいろと混ぜあわせた挙句あげく、飲めもせずに捨てて親からしこたま怒られるような合成飲料が水差しの中に湧き上がる。


「あれ ? まだ決めてないのに……まあいい。チェリー、なんとか飲んでくれ」。


 そう言ってコウはゆっくり水差しを傾けた。


 コウが想像したもの全てが混ざった本来ならば廃棄されるような飲料がその大きな口に注がれる。


 「おいしい物」+「おいしい物」の答えは、「もっとおいしい物」となるわけではないのだ。


「うぅっ ! 」。


 空腹こそ最高の調味料だと言うが、それですらごまかせない不味まずさに、うめくチェリー。


 しかし彼女の身体は、その廃棄物を拒絶するどころか、歓喜をもって受け入れていた。

 味覚以外は。


(アルコールはどうかな ? 薬用酒もあるし……。そう言えばハンバーガー屋のシェイクもカロリー高そうだよな。あとはベタに高価な栄養ドリンクか。なんで何千円もするんだろうな ? それが売ってる棚にマムシドリンクとかもあったな)。


 他にやることもないので、チェリーに飲料を飲ませながら、色々と連想するコウ。


 それが全て反映されているとも知らずに。


(うう……少し不味さに慣れたと思った先から、新たな不味さが追加されていく……)。


 十五分ほど、注ぎ続けてようやくチェリーの頬に赤みが差してきた。


 彼女はゆっくりと水差しを押しやる。


「……もう……許してください……。二度と断食なんてしないから……」。


(なんで許しをわれてるんだ ? )。


 訝しげなコウ。


 チェリーは静かに立ち上がった。


「あっ……」。


 今回はコウにもわかった。


 チェリーの身長は明らかに伸びていた。


 シュっと一瞬で足りなくなったローブの袖と裾が適当なサイズとなった。


「また……大きくなっちゃった……仕方ないか……」。


 寂しげに笑うチェリー。


(なんとか元気づけてやりたいけど……どうしたら…… ? ジャイアントハーフか……。となると両親のどちらかは人間ってことだよな)。


「なあチェリーは巨人族と人間とのハーフなんだよな ? 」。


「そうよ……。母親が人間らしいけど……」。


 あまり話したくない話題に、彼女の顔は歪む。


「そうか。じゃあチェリーが産まれたってことは、その……なんて言うか……少なくともお母さんとお父さんが愛し合う時は同じようなサイズだったってことだろ ? ということは巨人族を人間サイズにする魔法か薬でもあるんじゃないのか ? 」。


 コウの打った慰めのための一手いっては非常にハイリスクなものだった。


 言葉を苦労して選んだところで、チェリーに両親のそういう行為を想起させるものだ。

 それはつみであり、みであった。


 彼の一手はチェリーの心の盤面に予想外の波乱をもたらす。


(そうだ……。人間と巨人族の間には赤ちゃんができる……。じゃあ私が人間と結婚しても問題ない…… ? )。


 彼女の脳内で作られるイメージ。


 それは大きな赤ちゃんが小さなコウを持ち上げるのを微笑ましく見守る大きな自分。


「ヒヒ……。ウヒヒ……」。


 突然、ニヤニヤと笑い出したチェリーを見て、不審がるコウ。


 そしてウエストバッグ型のアイテムボックス「知能を持つアイテムインテリジェンス」のポケットが喋りだす。


「コウ、もし巨人族を人間サイズにする魔法があったとして、人間サイズになった巨人族と人間が愛し合っている最中にその魔法の効果が切れたら、人間の方はとんでもなくグロい死に方をしそうですね」。


 コウは無言で、思い切りポケットを叩いた。


 コウの異世界生活、二日目終了。

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