第11話 竜人
「……人型のドラゴン ? 」。
薄れる意識の中、チェリーは思わずつぶやいた。
緑の鱗に覆われた身体に、ドラゴンを思わせる頭。
尻尾はないが。
その姿は竜を模した鎧を纏っているようにも見えた。
「胸に魔力を集中してください。今すぐに」。
いつの間にかバッグ部分が背中側に回っているポケットから、指示が出た。
咄嗟のことに対応できないでいると、蜘蛛男の口から、白いものが吐き出される。
もはやロープと言っても良い太さの糸だ。
それはまるで意志を持っているかのように、コウの上半身にぐるぐると絡みつき、締め上げた。
「グッ ! 」。
ものすごい力だ。
「早く胸に魔力を集中してください。このままだと
こんな状況でも、「
「わ、わかった」。
コウは胸に意識を集中する。
すると胸部に収められた綺麗な円形の透明な魔石が、白く輝き始めて、それと同時に身体の痛みもやわらいでいく。
そして胴体ごと縛られて、ピクリとも動かなかった両腕が徐々に動かせるようになっていく。
プチプチと繊維が引きちぎられるような音がし始め、ついに太い糸は弾け飛んで、拘束は解かれた。
その間に蜘蛛男は自らの糸を森に張り巡らし、それを足場にして数ある樹木のどれかに身を隠したようだ。
自由になったコウは、姿を消した蜘蛛男には構わず、まず自分の両手を見た。
緑色の鱗に覆われ、人差し指から小指の四本の根本の関節部には10センチほどの太い爪が生えており、拳を握るとちょうど何かを殴った時にはそれが刺さりそうな具合だった。
そして右手の甲には赤い円形の魔石が埋め込まれている。
コウは大きく息とともに、いろいろな思いを吐き出してから、ようやくポケットの言葉に耳を傾けた。
「……胸部の魔石には常に魔力を通していてください。グリーンドラゴンがあの巨体を俊敏に動かせたり、鱗が剣を弾くのは魔石が身体を強化しているからです。それと同じようにあなたが今、あの蜘蛛人間の糸を引きちぎれたのは、胸部の魔石による身体強化とその恩恵を受けた人工筋肉のおかげです。これでチェリーに思い切り抱きしめられても大丈夫ですよ」。
「つまり今の俺にはグリーンドラゴンの魔石が埋め込まれているんだな。ということはチェリーに首をへし折られた奴と同じくらいの性能ってことか ? 全然大丈夫じゃねえだろ ! 」。
「大丈夫です。外皮と内皮との間にスライムの魔石を用いた衝撃緩衝用の液体を満たしています。それも内皮の胸部にスライムの魔石をはめ込んであるので、胸に魔力を込めれば機能します。ですからただのグリーンドラゴンよりは防御力が上がっていますよ」。
「……あの一瞬でよくそこまで人の身体を好き勝手にいじれたな。どんなアイテムを使ったんだよ」。
呆れながらも、コウは樹上から視線を外さない。
ガサッと右上から音がして、そちらを向いた瞬間、左腕が引っ張られた。
「くっ ! 」。
「こんな安い陽動に引っかかるなんて驚きました。自らの愚かさを悔いながら死になさい」。
「お前味方だよな !? 」。
まるで敵のようなセリフを吐くポケット。
左腕を見ると、白い糸がべったりと付着して、その先は左上の木の幹につながれている。
「この糸、さっきのと違って弾力性がある !? 」。
いくら左腕を引いても、その分ゴムのように糸が伸びるだけで、切れない。
「右です」。
「え ? 」。
今度は右腕が引っ張られる感覚。
コウは右上と左上に弾力性のある太い糸に引っ張られて、宙づりとなった。
二メートルほど浮かび上がった身体の両足が、今度はそれぞれ右下と左下に引かれる。
そしてXのような体勢で空中に捕らわれるコウが出来上がった。
「もう少し全体を見て、相手の意図を読みながら戦いなさいって学校で習いませんでしたか ? 」。
「習うわけねえだろ !! 平和な日本の学校で ! 」。
コウは必死にもがくが、どうやっても逃れることはできない。
少し離れた場所から、小さな悲鳴がした。
大きな木を背にする村娘とその前に立つ蜘蛛男。
「さあ、ベッティ。俺たちの村に帰ろう」。
「ふざけないで !! 誰があんたみたいな化け物が支配する村に戻るもんですか !! 私は街に行くのよ !! 」。
ベッティは手を大きく振って、蜘蛛男の差し出す手を払いのけた。
「……そんなに言うことを聞かないなら、あいつらみたいに『蜘蛛』に変えるぞ ? 」。
昼間、人間と蜘蛛が混ざったような化け物となった村人を思い出して、さすがにベッティは青ざめて黙った。
「村に帰ったら、残った村人も蜘蛛に変えてから結婚式を挙げよう ! お前は村長夫人だ ! お前と愛し合うために首から下は人間の姿を保つようにお願いしたんだからな ! 」。
「……おかげで前より随分と男前になったじゃない」。
興奮して八本の脚をひっきりなしに動かす頭の蜘蛛を睨みながら、彼女は精一杯の皮肉を言った。
「やっぱり逆に首から下は蜘蛛で、顔は人間にしておけば良かったかな ? でもそうしていたら、力の加減が効かなくなって愛し合う度にお前に大きな負担がかかることになってたんだぞ ? 」。
首から下の人間の部分が大きく両手を広げて、おどけたように返した。
「……一体誰があんたをそんな化け物にしたのよ……。ビル、あんたは独善的な所はあったけど、いつも村のことや村人のことを想って行動してた……。それなのに……」。
強気な瞳から、涙がこぼれた。
「元のビルに戻ってよ……」。
蜘蛛男は動きを止めた。
「おいポケット ! どうにかならないのか !? 」。
空中でもがいても一向に改善しない状況、コウはポケットに頼るしかなかった。
「……しかたありませんね。これくらいは胸の魔石の力だけで抜け出して欲しかったんですが……。次は右手の魔石に魔力を込めてください」。
「わかった ! 」。
コウが集中すると、右手の甲にはめられた赤い魔石が輝きだす。
そして指の第三関節に生えた四本の竜の爪が炎を
「それで糸を焼き切ってください」。
「おう ! 」。
まず右腕を捕らえている糸に爪を当てて焼き切り、次に自由になった右手で左腕の糸を切る。
すると当然地面に落下するが、両脚は引っ張られたまま。
カッコ悪く、背中から地面に着地するはめとなる。
「
「……お前のデレるタイミングと条件の方が全くわかんねえよ」。
両脚の糸を切って、ようやく自由の身となるコウ。
蜘蛛男は泣きじゃくるベッティのすぐ前に立ち尽くしている。
「最大出力で魔力を胸と右手に込めてください」。
はめ込まれた魔石の輝きがどんどん強くなっていき、右腕は全体が炎に包まれた。
これだけの炎が闇を煌煌と照らしているのに、蜘蛛男は心ここにあらずと言った風だ。
「思い切り蜘蛛人間に飛び込んで、右腕で殴ってください」。
「説明されなくても、そうだろうなとは思ったよ」。
ドン !
すさまじい力で地面が蹴られた。
前に突き出した右腕の炎が後ろに流れ、炎の流星となって、異形の怪物へと向かって行く。
「ベッティ……」。
蜘蛛男が何か言おうとして、ベッティが顔を上げた時、炎が蜘蛛男に衝突した。
驚いた彼女が炎とそれにぶつかられたビルの行く先を見ると、右腕を前に突き出した体勢のままの竜人と、倒れて胸から炎を噴き出す蜘蛛男の姿があった。
蜘蛛男の胸からあふれ出る炎は身体全体に広がり、苦しげに地面を転がるも全く火は消えない。
「今のが必殺技、『ファイヤ・ジャベリン』です」。
「どこが
「ヒ・ダルマ・アタックに改名しますか ? 」。
「……どっちでもいいよ」。
「『どっちでもいい』が一番困るんですよ !! 」。
コウと「
するとそれに気づいたのか、蜘蛛男の首から上の蜘蛛が、全てを炎に包まれながらも、身体から分離して、よたよたと彼女に向かっていく。
「……ベッ……ティ……ごめ……」。
最後に謝罪をしようとする人間の頭ほどの大きさの蜘蛛をゆっくりと上がったベッティの足が、思い切り踏み抜いた。
「よくも ! 私の邪魔をしてくれたわね ! それに村のみんなまで犠牲にして ! 虫みたいに燃やされて ! 潰されて死ぬのがあんたの最後 ! お似合いの最後よ ! 」。
もはや身体を強化する魔石も機能していないのか、炎にあぶられるのも構わずベッティの足が降ろされるたびに蜘蛛は平らになっていく。
やがてそこが地面と変わらなくなって、ようやく彼女は満足げに微笑んだ。
最初から彼女は本心から泣いてなどいなかった。
時間を稼ぎ、その間にコウが拘束を解いてビルを倒す方に賭けたのだ。
「……この世界の女の子は怒らせない方が良さそうだ」。
「それはどの世界でも変わりませんよ。それよりもコウ、あなたに大事なお知らせがあります」。
ようやく蜘蛛人間の身体も燃え尽きて、再び森の中は月明かりだけとなる中、ポケットからある発表がなされるようだ。
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